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2018年4月 6日 アーカイブ

2018年4月 6日

「官版」さまざま

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

江戸時代の日本は商業出版が盛んだったことが一大特徴ですが、もちろん公的機関が刊行したものもたくさんあります。寺社や諸藩によるもののほか、江戸幕府が刊行したものも多数あり、そのうち寛政11年以降、江戸湯島の昌平坂学問所(「御學問所」)が刊行したものを「官版」(かんぱん)と言います(広い意味では江戸幕府の刊行物全体を指すこともあります)。
官版の大多数は漢籍の翻刻ですが、表紙や装丁がほぼ統一されており、おおむね判別しやすいです。表紙は型押し模様のある濃い小豆色で、題簽上部に「官板」または「官版」の二文字が横書きに刷られている一方、出版者を記した刊記はなく、最終丁の欄外に「天保二年刊」といった年記だけが、やや縦長の文字で彫られています。本文はたいへんすっきりしたほぼ正方形の字様で、返り点や句点は付されていますが、送り仮名は付されていないものが多数派です。

こうした図書については、出版にかんする注記としてただ「官版」とするか、あるいは「題簽に「官板」とあり」などと注記した上で、出版者としては「[昌平坂學問所]」と補記で記録するのが適当です(出版地はむろん「[江戸]」となります)。
このとき、題簽の書名として「官板○○」という具合に記録するかどうか、ほんらいからすると、この題簽の「官板」は、学問所の刊行物であるということを示している、という意味合いなので、書名の一部とすべきではないように思われます。ただ、検索の便宜をはかって「官板○○」でも検索できるようにしておく何らかの工夫はあっていいかもしれません。
一方、中国で中央あるいは地方の官庁が刊行した図書にも「官板」「官刻」などを書名に含むものがあり、これはもちろんそのまま書名の一部とすべきです。ただ中国の場合、民間の出版者が箔付けのために勝手にそうした語を冠することもままあり、かなりいい加減なものやあやしげな内容のものでも「官版」をうたっていたりします。

さてこの官版ですが、しばしば刊行後すぐに版木が須原屋や出雲寺といった有力な版元に貸与され、町版(まちはん)として印行されました。これらの後印本は、多くの場合表紙を取り替えた上で奥付を付け加えて発行されており、「官版」の表記は現物のどこになかったりしますが、表記の有無にかかわらず「××年刊官版の後印」と注記すべきものです。
明治期に入って、この官版の版木は火事で焼けてしまいましたが、一部が伊達家の手に渡り、補修の上、明治42年(1909)に「昌平叢書」65種として刊行されました。このときの印刷・製本の実務を担当したのは松山堂(藤井利八)という書店で、後にこの版木は京都帝国大学に移管され、聖華房(山田茂助)という書店から再印されました。ということで、「昌平叢書」としては、松山堂発行のものと聖華房発行のものとの2種類がある、ということになるのですが、どちらも表紙は初版のときと同じ、型押し模様のある濃い小豆色のものを使っています(出版者は裏見返しに朱印が捺されています)。
「昌平叢書」の文言は表紙に貼られた印刷紙片にありますが、題簽等の常としてしばしば剥落しています。となってしまうと、初版の官版と区別がつきにくかったりするのですが、出版者が藤井さんや山田さんの場合、江戸時代の印行であることはありませんので、その場合は、巻末にある初刊時の刊年は、やはり書誌的来歴の注記として記録することになります。これを出版年としてそのまま記録してしまうと、こうした経緯に無知なことが一発でバレてしまいますので、注意しましょう。

なお、この「官版」と区別が必要なものとして「官許」とか「官版御用」といった表記があります。前者は見返しや奥付その他でよく目にしますが、文字通り「お上から出版許可が出たものである」、すなわち「海賊版(偽刻)ではない」ということを宣言しているものであって、それ自体として幕府や公的機関の出版物であることを示しているわけではありません。
また後者は奥付でよく見ますが、須原屋茂兵衛や村上勘兵衛といった書肆が、自らが官板の印行を手がける「格の高い」出版者であることを強調しているだけの文言であり、そうした記載が奥付にあるからといって、その本自体がお上の刊行物であるかどうかは、まったくの別問題です。刊行主体をそのタームで明確に示す「官版」そのものとは意味合いがまったく違い、まあ「宮内庁御用達」のようなものですので、記録する必要性は乏しいと言ってよいと思います。

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