« 2022年7月 | メイン | 2022年9月 »

2022年8月 アーカイブ

2022年8月31日

きょうのデータ部☆(8/31)

2022.08.31データ部ログ写真.jpg

今日はよく晴れ、しかし暑すぎない1日でした。
最近、TRCの近くで蝉が鳴いているのがよく聞こえます。蝉たちも、猛暑よりは今くらいの気候の方が元気が出るのでしょうか。

2022年8月30日

海の中の星

本日は「週刊新刊全点案内」2272号の発行日です。
掲載件数は1409件でした。


*こんな本がありました*

「ヒトデとクモヒトデ 謎の☆形動物」
(岩波科学ライブラリー)

藤田敏彦(著)
岩波書店(2022.8)

ヒトデのことはほとんどの人が知っていると思います。では、クモヒトデはどうでしょう?
クモなの? ヒトデなの? と、そこから悩みそうですが、ヒトデと同じ棘皮動物でクモに似た動き方をするそうです。形状はヒトデの5つの頂点をひっぱって伸ばしたような形をしています。そんなヒトデとクモヒトデの正体や歩き方、子育てなど、海の☆形動物の謎にせまる一冊です。

ちなみに、児童書によく登場する「てづるもづる」はクモヒトデ綱の動物で、クモヒトデの先っぽをさらにモジャモジャさせたような形をしています。おもしろい(そしてやや怖い)のでぜひ検索してみてください。

2022年8月29日

奥付を使いまわす話(上級編)―和漢古書の奥付(補遺2)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回見たような、出版年を最初から入れていない「使いまわし用の奥付」が付いているものにかんしては、印行年は推定で「江戸後期」とか「明治期」とか入れることにおおむねなるわけですが、情報が不足しているだけで嘘の情報があるわけではないので、まだしも罪は無いと言えます。ほんとうに困るのは、別の本の奥付を、その本が発行された際の年記を残したまま使いまわしているケースです。

たとえば、香月啓益纂『牛山先生方考』という医書で、「安永八己亥年仲冬吉旦」という年記のある、京都の山本平左衛門等6肆の奥付が付されたものがあります。ところがこの本には安永8年から3年後にあたる天明2年の序があり、『日本古典籍総合目録データベース』でも「天明二刊」とされています。
奥付等の刊行年より新しい年月の序跋がつけられることは、以前見たように無いことではないのですが、この本の場合は明きらかに別本の奥付を使いまわしたものです。というのは、年記の前の行に「牛山方考嗣出」という記載があるからで、「嗣(つ)いで出す」というのはすなわち今でいう「近刊」ということですから、何ぼ何でも自分自身の近刊予告をしている本などあるわけがありません。調べてみると、この安永8年に同じ著者による『牛山先生活套』という本が同じ山本氏らから発行されていますので、山本氏がこの本の奥付をそのまま使いまわしたものと知れます。

といって、別本の奥付の年記とわかったらすべて信用してはいけないかというと、必ずしもそういうことでもありません。たとえば、岸本由豆流著『土佐日記考證』(文政2年初版)という本で、文政13年の山城屋佐兵衛・須原屋茂兵衛の奥付が付されたものがありますが、この奥付の右がわには「芳草之部 嗣出 濕草之部 同」という記述があり、明きらかに同年にこの2書肆から刊行された『本草圖譜』の奥付を流用したものです。ですがこの場合、別本の奥付がついているといっても、他の記載事項とは何ら矛盾はありませんので、単によけいな記載を削る手間を省いて使いまわしただけの話で、この年にこの出版者から発行されたということ自体は、そのまま受け取って問題ないと思われます。

上にあげたものなどは、使いまわしの証拠となる記載が残っているので事情が推測できますが、これらはかなり杜撰というか、確信犯的な例と言えます。たいていの場合は、そんな記載はもともと無いか、あってもきれいに削り去っていることが多いですので、惑わされたり訳がわからくなったりすることもしばしばです。
たとえば、初編・二編・三編とつづけて出されたような本で、後に出た三編の奥付を前の初編や二編にも付けているなら、その年記の年にまとめて印行されたのだろうと推測がつきますが、時々逆に、最初に刊行した際の初編の奥付を、二編・三編のほうにそのまま使っているようなこともあります。この場合は、二編・三編の出版年は奥付からは採用せず、序跋その他のほうから採用しなければなりません。

もちろん、そうは言っても、奥付が欠落した図書を補強する目的で、後の所蔵者がまったく別の本の奥付を付けて綴じ直しをしているような場合も、やはりあることはあったりはします。この場合は、その奥付の記載を出版事項として記録してしまうと、それはやはりまずいことになります。

いずれにしろ、本体の巻末に別丁が付け加えられているものであるというこの和漢古書の奥付の性格は、当時の出版屋さんにとってはいろいろメリットもあったのでしょうが、しかしながら後の時代のカタロガーにとっては、まことに何とも苦労の種と言わねばなりませんね。

2022年8月26日

奥付を使いまわす話(初級編)―和漢古書の奥付(補遺1)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

以前、和漢古書の奥付の記載については、変更のあったところだけ入れ木(埋め木)を行って改めていたりすることが多く、出版事項を正しく判断して記述することは容易なことではないということを書きました。もちろん現代書のように、変更のあるたびに、正しい出版者と出版年の取り合わせの奥付をちゃんと作り直してつけてくれるのが一番よいのですが、こうした場合でも、入れ木(埋め木)をして直してくれているだけ、まだ良心的と言えます。この作業には当然ながら手間と、したがって経費がかかりますので、江戸時代の版元さんは、それをも節約するために、別の本に用いた奥付をそのまま使いまわしていることがよくあります。

もちろん、あからさまに他の本の奥付だとわかるものを流用していることはさすがに多くなく、よくあるのは最初から出版年の情報を入れていない「使いまわし用の奥付」を用意して使っているものです。以前見たように、江戸幕府のお触れで、奥付に版元を明記することは定められているのですが、書名や出版年については何も言われていませんので、それらの記載が無くてもルール違反をやらかしているわけではない、と堂々と言えます(もっとも、以前書いたように、このお触れでは「作者并板元之実名」を記せとあるわりには、作者のほうは最初からどうもあまり守られていないのですが、まあ本文巻頭などにだいたい記してありますし、幕府のがわとしてもやはり版元のほうの取り締まりもしくは保護が主眼だったようです)。
とくに、江戸後期に増えてくる相合版(共同刊行)では、書名も著者も年代も入っていない、10人前後の書肆名が列記されている同じ奥付が付されている図書をあちこちでよく見ます。こうしたものについては、出版年は図書のその他の箇所から採用するか、推定の時期を入れるかということになりますが、実際には序跋等の年に刊行した図書の後印本ということがほとんどです。
この場合、奥付の最後の書肆は印行の主体と見なして問題ないでしょうが、それ以外の列記されている書肆は、ほんとうに印行にかかわっていたのか、いささかあやしいこともある気がします。彫り直しや別の奥付を用意するのを面倒くさがって、自分の名前が最後に記されている手元のありあわせの奥付をそのまま使っているようなケースもあるいはあるのではないか、とも想像されるのですが、まあ疑わしきはそのまま、とするしかないでしょう。

こうした奥付の使いまわしは、もちろん明治に入ってからもつづいており、江戸後期に作られた使いまわし用の奥付の「江戸」とあったところを入れ木して「東京」と改めて使っているものなど、しばしば目にします。また、江戸時代以来の本屋が続々廃業していく中で、版木を譲り受けたり買い集めたりして、初期費用を限りなく抑えたかたちでの木版本の印行をもっぱら行っていた業者もいくつかあり、阪府(大阪)の「前川善兵衛(文榮堂蔵版)」や、「和漢西洋書籍賣捌處」と称する「(群玉堂河内屋)岡田茂兵衛」の奥付などは、長年やっているともうおなじみです。仏教書でも、(以前すこし触れましたが)同様に、貝葉書院(印房武兵衛)の奥付が付されたものをよく目にします。

2022年8月25日

パナシェって何かしら?

8月の木曜日は、この時期ついつい手が伸びる「シュワシュワの飲み物」をテーマにお送りします。

今月、久しぶりに妹と外食しました。暑い日の夕方、ベトナム料理を食べながら1杯のビールが美味しい。食事はそろそろ終わりだけど、もう少し飲みたいなーという気分のとき、目に留まったのがパナシェ。

たしかビールのカクテルでレモンジュースかなんかで割ったものだったかな? メニューには高知の文旦使用と書いてあります。土佐の水晶文旦、あの香り高いミカンは大好きなので、さっそく頼んでみました。

見た目はビール、でもたしかに柑橘類の味がして、少しだけ甘く、さわやかなシュワシュワ。おいし~い! アルコール度はたぶんビールの半分なので、少し飲みたいけど酔いたくないときにはちょうどよいですね。

つくり方をあらためて調べてみると、ビール×レモンスカッシュ(レモネード×炭酸)、だそうです。で、レモネードとはレモン×はちみつ、なのですね。とはいえ、ビール×CCレモンでもいいみたい。ちゃんとレモンをしぼったり、好きな柑橘を使ったり、お手軽に売っているレモンスカッシュをつかったり。おうちでもできそうです。

ビール×レモンスカッシュと思うと、なんだか愉快です。オトナのものにコドモのものが混ざっているからでしょうか。懐かしい気分にもなりました。昔、母の知人が高知から毎年送って下さった水晶文旦を思い出したのもあるけれど、ビールの苦みをまだおいしいと思えなかった時分が、よみがえったからかもしれません。

2022年8月24日

きょうのデータ部☆(8/24)

2022.08.24データ部ログ写真.jpg
日中はまだまだ暑い日が続いていますが、夕方には涼しい風が吹き始める季節になってきました。夏の終わりの夕方は、少し切ない雰囲気がありますね。

2022年8月22日

料理は科学?

本日は「週刊新刊全点案内」2271号の発行日です。
掲載件数は789件でした。

*こんな本がありました*
「おいしさをデザインする」

川崎寛也(著)
柴田書店(2022.8)


デザイン=物事の本質を見出してソリューション(解決策)を提案すること。
これを料理に当てはめると、材料や料理の作業の意味を科学的にとらえて本質を見出し、組み合わせたり再構築したりすることで解決策、つまりおいしい料理を作り出すこと、となります。
これが「おいしさのデザイン」の元となる考え方。

調理科学者である著者と13人のシェフたちが、対話を重ねながら新しいおいしい料理をデザインする過程をレシピと共に紹介する本書ですが、もともとが「月刊専門料理」という雑誌(こんな雑誌があるのですね!)に連載されていたものだけあって、とても専門的です。
普段のご飯づくりに役立つかと言えば、全然そんなことはないですが、おいしさへの情熱は本を眺めているだけでも伝わってきて、とても興味深かったです。

「経摺装」の正体―和漢古書の特殊な装丁(3)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前々回前回、冊子の特殊な装丁について見てきましたが、巻物折本など、冊子でない本についても特殊なものがあります。今回はこれについて見ていきましょう。

巻物にせよ折本にせよ、折っていない紙を、端裏と次の紙の端表を重ねて、重ねた部分を糊付けする、というところまでは同じ工程です。前者はそうしてつなげた紙を折らずに巻き、後者はそれを蛇腹状に折る、というところからが違ってくるわけですね。後者については、折ったものに分離した表紙・裏表紙をつけたものがふつうの「折本」、つながった表紙・裏表紙をつけたものが「旋風葉」ということになります。
「折本(おりほん)」はもちろん日本語での呼び方で、漢語では「帖装本(じょうそうぼん)」と言います。「帖装」は、『日本古典籍書誌学辞典』(p294)によれば「折本の別称とするのが一般的」ということですが、折本のほか「旋風葉」や以下に述べる「経摺装」、また折帖の類までを「広く含めた呼称と言える」とも書かれています。

さてその「経摺装(きょうしゅうそう・きょうしょうそう)」という装丁ですが、これについての説明も、ご多分に漏れず人によって違っています。
長澤規矩也氏は「旋風葉の変形の一。前表紙を背から後へ、さらに前へと包んだもの」(『図書学辞典』(汲古書院1979)p15)と、川瀬一馬氏は「折本の特殊な形式の装訂。後(うしろ)に幅の広い表紙を付け、前に廻して左右に打ち合わせ、上(うわ)まえの端に紐を付けて巻き止める。」(『日本書誌学用語辞典』(雄松堂出版1982)p81)と、堀川貴司氏は、折本の類似の装訂のひとつとして「裏表紙が左右に長く伸び、全体を包んで保護するもの。巻子本同様、八双と巻緒が付いているものもあります。」(『書誌学入門』p28)と、それぞれ説明しています。いずれにしろ表紙もしくは裏表紙を伸ばして全体を包んだもので、「折本」の表紙のつけ方の特殊な形態と言ってよいと思います。
一方、藤井隆氏は、そうしたものについて「帙形折本」および「包表紙形折本」と説明しており(『日本古典書誌学総説』p56-57)、「経摺装」というタームは使っていません。『日本古典籍書誌学辞典』では、それらとはまたすこし別の「巻子本(かんすぼん)の包装表紙など、折本本紙とは別の紙を用意し、その中央に折本の巻頭に継いだ白紙の一部(紙継ぎのための余白部分)を糊で貼り付け、折り畳んだ本紙の巻末を上にして置いて、別紙で左右から包む。別紙は必ず右側を前にして打ち合わせて、右前の左端にある竹の八双(押え竹)に付けられた紐で巻き留める。表紙を開くと本紙が翻ってしまう折本の欠点を改良したもの」(p154)というのが「経摺装」だとした上で、「藤井隆『日本古典書誌学総説』に「帙形折本」「包表紙形折本」と分類される形式としばしば混同されているようである。」と書いています。

いずれにしろ、「摺」はこの場合、「刷る」の意味ではなく「折りたたむ」の意味であり、中国ではふつうの折本の装丁のことを「経摺装」もしくは「経折装」と呼んでいることがあります。なお中国では、折本に対して「梵夾装(ぼんきょうそう)」という呼称もよく用いられていたようですが、「梵夾」とは、古代インドやチベット、東南アジアなどで見られる、横長の長方形に切ったヤシの葉(貝多羅(ばいたら))に経文を記したものを夾板で押さえて紐で結んだ「貝葉経(ばいようきょう)」のことを言いますので、折本とはほんらい別もののはずではあります。いずれにしろ、仏教のお経に典型的な装丁ということによる呼称であり、日本の「法帖仕立」というタームとも相通ずるものがありますね。

このほか、巻子本の特殊な形態として、「龍鱗装(りゅうりんそう)」というものもあり、『日本古典籍書誌学辞典』でも項目立てされています(p599)が、これは実のところ北京の故宮博物院所蔵の唐代写本が「現存唯一の例」だということですので、もうここで説明することはやめにします。ただ、『日本古典籍書誌学辞典』(p345)に、漢籍において「経折装」(折本)とこの「龍鱗装」それぞれの別称として「旋風装(せんぷうそう)」というタームが用いられることがある、という説明があることだけ記しておきます。これによれば、どちらの装丁も「つながった表紙・裏表紙をつけたもの」ではありませんから、日本の「旋風葉」とは別ものということになりますね。
ちなみに、和漢古書の装丁の歴史についての解説で、「旋風葉」の紙の外がわの折り目を切り離すと「粘葉装」の形になる、と説明されていることがよくありますが、紙の折り方と重ね方とが根本的に異なっているので、「粘葉装」がこの「旋風葉」から「発展」したものと言ってよいのか、だいぶ疑問があります。発想の起源はともかく、装丁の形としては別々に成立したものと見たほうがよさそうに思います。

2022年8月10日

きょうのデータ部☆(8/10)

IMG20220810155337.jpg
もうすぐお盆ですがいかがお過ごしでしょうか。
データ部では夏休み中の人もいるため、いつも以上に静かです。

2022年8月 9日

キツネ

今日は「週刊新刊全点案内」2270号の発行日です。
掲載件数は969件でした。

*こんな本がありました*


「キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ」

エドワード・ブルック=ヒッチング(著)
日経ナショナルジオグラフィック(2022.8)


現代の感覚ではとても考えられない、もはや忘れ去られてしまった数々のスポーツを紹介しています。


タイトルになっている「キツネ潰し」とは、広げた布を使ってキツネを宙に放り投げる競技のこと。
7メートル以上の高さまで、キツネが飛ばされることも珍しくなかったそうです。
投げたあと受けとめることは競技には入っていないので、当然、キツネは無傷ではすみません。


他にも「リス落とし」「クマいじめ」「猫入り樽たたき」「ネズミ殺し」のような、今なら動物虐待としか思われないものがたくさん。


動物を使わない競技もあります。

電話ボックスの中に何人の人が入れるかを競う「電話ボックス詰め込み競争」や、スキーとアイスダンスを組み合わせたスキーバレエ、空中ゴルフ、ナイアガラの滝下り。
即興の詩で相手の悪口を言い合う「口論詩」は、今でいうラップバトルみたいなものでしょうか。


「そりゃあ、廃れるよね」「無くなってよかったよ」と思うような、残酷だったり、危険だったり、ばかばかしすぎるスポーツがたくさん出てきます。

2022年8月12日

データ部ログ更新お休みのお知らせ

TRCデータ部は、8月15日(月)から19日(金)まで、夏季休業となります。
あわせてブログの更新もお休みさせていただきます。
猛暑が続きますが、くれぐれも体調にはお気をつけてお過ごしください。

2022年8月 8日

さらなる混乱は気が引けますが―和漢古書の特殊な装丁(2)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回見た「長帳綴」は、「折紙」を右端で糸綴じしたものですが、折っていない紙をそのまま重ねて右端で糸綴じしたものもあります。きわめてシンプルな造りなので、ふつうにあっておかしくないような気がしますが、実際のところはどういうわけかあまり目にしません。この装丁について、堀川貴司氏は「単葉装(たんようそう)」と呼び、「紙を折らずに一枚のまま重ねて紙縒で綴じたもの。両面使用。厚手料紙を用いた仏教関係の書物などに稀に見られます。」(『書誌学入門』p35)と書いています。落合博志氏も、「日本古典籍講習会テキスト」で「単葉装 一枚の紙を重ね、端を糸や紙縒などで綴じたもの。ジャンルに関わりなく見られる。」と説明しています。なお、藤本孝一氏は「列帳閉」という古注の用例にもとづいて「列状装」と呼んでいます(『日本の美術 No.436古写本の姿』(至文堂2002)p54)が、これはどうしたって「列帖装」とまぎらわしく、あまり適切とは思われません。

「単葉装」という呼称は「(折っていない)単独の紙葉を冊子にしたもの」ということで、きわめてわかりやすいと思いますが、これに一対になるような「双葉装(そうようそう)」という呼称が提唱されている装丁があります。これは落合博志氏が「紙の用い方は粘葉装と同じであるが、糊を使わず糸や紙縒などで綴じたもの。管見では天台宗や浄土真宗など仏書の例が多い。」(「日本古典籍講習会テキスト」)と説明しているものですが、しかしこの装丁を「双葉装」と呼ぶことにした理由については、今ひとつピンとこないものがあります。
落合氏によれば、「1 枚の紙を二つ折りにしたものが 1 単位で、それが 2 丁(2 葉)になる」から「双葉」というタームを用いるということなのですが、しかし縦に二つ折りした紙を使うというそのこと自体は、「単葉装」および折紙を用いた冊子以外のすべての冊子に共通することです。一方で、前回見たように、藤井隆氏などは横に二つ折りにした「折紙」を用いたものにこの「双葉」というタームを使っており、混乱を招きやすいように思います。
谷折りした紙の折り目と折り目とを重ね、「粘葉装」のように重ねた部分を糊付けする代わりに、重ねた部分を糸綴じするこの装丁については、橋口侯之助氏も、「粘葉装の弱点を克服して列帖装になる過程の間」に、粘葉装と同じ折り・重ねで、「糊ではなくノドの二箇所に穴をあけて、そこに組糸を通して綴じる」という「結び綴」があった可能性を指摘しています(『和本への招待』(角川学芸出版2011)p63)。ただ、「結び綴じ」というと、以前見たように、袋とじした紙を重ねた部分に二または四箇所穴をあけて紐などを通して装飾的に結んで綴じた、「大和綴じ」とも呼ばれた装丁を指すとしたほうがよいと思いますので、やはりそれとも違う名称のほうがよいでしょう。

以前、「胡蝶装」について、「粘葉装」と「列帖装」の総称という説明がされることがあるということを書きました。そこで書いたように、紙を数枚分重ねたまま谷折りした一くくり(帖)を複数綴じ合わせる装丁である「列帖装」については、昭和9年に日本書誌学会というところで「綴葉装」というタームが造られており、こちらが使用されることも多いです。ですが、「綴葉」ということそれ自体は、「糊付けではなく糸などで綴じること」のみを示していますので、「綴葉装」というタームをこの「列帖装」の装丁に対してのみ限定的に用いるというのは、ほんらい異論があっておかしくなかったような気がします。
経緯から言って、あくまで日本で「胡蝶装」と呼ばれていたものについて、糊付けによるものを「粘葉装」、糸綴じによるものを「綴葉装」と呼ぶ、という特定の文脈においてのみ用いられるタームと位置づけられるべきかと思いますが、そうであればむしろ、ここで問題にしている「紙の用い方は粘葉装と同じであるが、糊を使わず糸や紙縒などで綴じたもの」のことをこそ、「綴葉装」と呼ぶのが実は適切だったのではないか、と思ったりもするのですが、もう今となってはさらなる混乱を招くだけのような。。。

なお、落合氏は上につづけて、「折紙を用いた「折紙双葉装」もある。双葉装の版本は未見で、折紙双葉装はごく稀に版本の例がある。」と書いています。「横帳」と記録されている写本の書誌の中には、これに該当するものも混じっているかもしれません。上記の私見に即して言えば、これは「折紙綴葉装」と呼ぶのがよいのでは、ということになります。


----------------------
なお、昨年度の「「折帖」補論」の記事で、中野三敏氏の説明の解釈に一部誤りがあることに気づきましたので、関係する記事を修正・更新させていただきました。

「折帖」補論(2)
「折帖」補論(3)
胡蝶装と包背装
「折帖」補論(4)
「折帖」補論(5)

どうぞご了承ください。

2022年8月 5日

折紙を使って―和漢古書の特殊な装丁(1)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

和漢古書の装丁については、以前、主要なものについて触れ、昨年も「折帖」について書きましたが、それらで見てきた以外のレアケースのものも存在します。今回はそうした、各種参考図書等で言及されている特殊な装丁について見ていきたいと思います。

「折り紙」というと、おなじみの正方形のカラフルな紙(およびそれを用いた遊び)のことですが、古文書学で「折紙」というと、折り目を下に真ん中で半分に折って横長にした紙のことを言います。和漢古書における基本的な冊子の装丁は、1枚の紙を山折りもしくは谷折りしたものを、何らかのかたちでかさねて、糸綴じもしくは糊付けし、表紙をつけたものということになりますが、山折りもしくは谷折りする前の最初の段階で、この「折紙」にしたものを用いている場合があります。

折紙を用いた装丁で最も多いのは、折紙をそのまま重ねて右の端を糸で綴じたもので、人によっていろいろな呼びかたがありますが、「長帳綴(ながちょうとじ)」というのが一般的なようです。藤井隆氏は「料紙を一枚一枚縦の寸法の真中から横に細長く二つ折にしたものを、折目を下方にして重ねて揃え、右端を「明朝綴」式に四つ目綴にしたもの」(『日本古典書誌学総説』(和泉書院1991)p69)と、堀川貴司氏は「横長に二つ折りし、折り目を下にして重ね、そのまま右端を下綴した袋綴じ。大福帳やメモ帳などの横長の写本に用いられる。」(『書誌学入門』(勉誠出版2010)p35)と、それぞれ説明しています。
古文書学のほうで「横帳」と呼ばれるものは大部分がこれで、基本的にこのタームで記録してもよいかもしれません。以前ご紹介した「日本古典籍講習会テキスト」では、落合博志氏は「折紙綴(おりがみとじ)」と呼んでおり、「折紙またはその半截を重ねて、端を糸や紙縒などで綴じたもの。帳簿類によく用いられ、「長帳綴」「横帳綴」あるいは「帳綴」と呼ばれることもあるが、一般的な名称としては「折紙綴」を用いるのが適当。連歌や俳諧の懐紙もこの装訂。版本にもあるが、八文字屋本の浮世草子や記録など、特定の種目に限られる。」と説明しています。『日本古典籍書誌学辞典』(岩波書店1999)では「帳綴じ」(p393)として項目立てされています。
なお、上の説明であげられている「八文字屋本の浮世草子」では、「横長の紙を折り目が下(手前側)になるように二つ折りにしたもの」(落合氏)ではなく、短辺と並行に真ん中で半分に折った半紙を使用しています。ですので、林望氏は「八文字屋刊行浮世草子類書誌提要」(『斯道文庫論集』17(慶應義塾大学附属研究所斯道文庫1980)所収)で、それらについて「横綴半紙本」と呼んでいますが、上と左端が開いたままになる造本の仕方そのものとしては同じということになります。

折紙を用いたものとして、折紙を列帖装(綴葉装)と同じ手順で綴じたものも時々見ることがあります。堀川貴司氏は「折紙列帖装(おりがみれつじょうそう)」と呼び、「両面書写ができない薄手の紙を横長に二つ折りし、折り目を下にして、後は列帖装と同様の手順で装訂したもの。江戸時代の帳簿などに見られます。」(『書誌学入門』p32)と説明しています。
この装丁は、『日本古典籍書誌学辞典』では「双葉列帖装(そうようれっちょうそう)」(p357)として項目立てされていますが、藤井隆氏は「双葉綴葉装(そうようてっちょうそう)」と呼んでおり、「両面書写用の鳥の子紙が高価な所から、(中略)普通の薄い楮紙などを料紙にして、先ず一枚一枚を全部、表面が外側になるように、紙の縦の寸法の真中から、横に二つ折りにする。あとは折目を下方にするだけで、この二つ折になった紙(折目で続いているが、それ以外は二枚―双葉―というわけである)を鳥の子の一枚と思って、普通の綴葉装の通りに扱えば良い。字は紙の表の出たそれぞれの片面にのみ書くことになり、本をめくる時は下方の折目を指でめくるので、折目以外が二枚になっていても差支えはない」(『日本古典書誌学総説』p63)と説明しています。

この綴じ方のヴァリエーションとして、藤井隆氏が「袋帳綴(ふくろちょうとじ)」と呼んでいるものもあります。藤井氏によれば、「近世の商家の判取帳(受取帳)や大福帳に最も多いもの」(『日本古典書誌学総説』p63)ということで、「前述の「双葉綴葉装」と紙の扱いは全く同じで、綴じ方も殆ど同じであるが、書背の方の中央に、ぶら下げるための下げ紐を付ける。従って表紙の題名は、普通の書籍と違って、書背の方から書背の線に対して垂直に書き下すことになる」(要するに本体と文字の縦横が逆)と説明されています。この装丁については「大福帳綴」といった名称が提唱されていたこともあるようですが、上の堀川氏の説明のように、大福帳というものには別の装丁のものも多いので、以前見た画帖などの場合と同じく、装丁の名称として用いるのは適切でないと思われます。

2022年8月 4日

シュワシュワの飲み物

8月の木曜日は、この時期ついつい手が伸びる「シュワシュワの飲み物」をテーマにお送りします。

外食の機会がめっきり減ったこの2年。もともと家ではほとんどお酒を飲まなかったのですが、暑い夏の週末などはやっぱりシュワシュワしたアルコールとともに食事を楽しみたくなります。
でも家でお酒を飲むと、気が抜けているせいかすぐに眠たくなってしまうのです。ビール1杯も飲まないうちにもう眠くなる。もっとゆっくりご飯を食べたり、食後は映画を見たりもしたいのに...!
という悩み(?)を友人に相談したところ、ワインを炭酸水で割って飲むのがおすすめだよー。と教えてもらいました。安いワインでいいから!とのこと。

ワインを水で割る...?と半信半疑だったのですが、やってみるとこれが飲みやすい!
ヨーロッパではポピュラーな飲み方らしく、友人はオーストリアを旅行したときに知ったそうです。
分量はお好みで、ワインメインでシュワシュワのために少しだけ炭酸を入れてもいいし、半々でも、なんとなくワインの風味があればOKという場合は炭酸多めでも。私は水割りで言うダブルからトリプルくらいのうすーい割合で飲んでいます。

ちなみにこの記事を書くにあたって調べてみたところ、この飲み方は「スプリッツァー」という名のカクテルでもあるそうで。
なるほど。「ワインの炭酸割り」よりかっこいい。

2022年8月 3日

きょうのデータ部☆(8/3)

2022.08.03データ部ログ写真.jpg

TRC本社ビルのお向かいにある、中央大学キャンパスです。
着々と工事が進んでいます。

2022年8月 2日

闇に潜む黒い影

本日は週刊新刊全点案内2269号の発行日です。
掲載件数は1032件でした。今月の表紙はこちら。

p20220802.jpg

海の中(湖、池。水族館。どこでもいいかな!)
波&揺らぎ?魚?はたまた光・・・?!
そんなイメージです。
(Juri)


*こんな本がありました*

「ゴキブリハンドブック」

柳澤静磨(著)
文一総合出版(2022.8)

夏は虫に悩まされる季節でもあります。

あれ(名前を出したくない)は、自宅にもときどき出現します。おおむね小さいやつですが、どこに大きなアイツが潜んでいるかと思うと安心できません。不思議なことに続々と現れることはなく、忘れた頃に1匹で出てきます。罠もしかけてみましたが、うちの誘引剤は賞味期限切れとでもいいたいのかいっこうホイホイにはかかりません。

こうなったらいっそ敵を研究するにしくはない。敵を知り己を知れば百戦危うからず...!!

と思い立った方にもお勧めです。
日本で見られるごきぶり(言ってしまった)70種を詳細に解説。採集と飼育の方法も掲載されています。採集と飼育。飼ったらかわいいと思うかもしれないな...。いや...。

2022年8月 1日

豹じゃなくてトラ?!...~新設件名のお知らせ2022年7月分~

明日発行の『週刊新刊全点案内』は、巻頭に「新設件名のお知らせ」を掲載しています。
新設件名は、TRC MARCで件名標目を新たに採用したものという意味で用いていますので、NDLSHから採用したものも含まれています。

2022年7月は3件の件名を新設しました。そのひとつが「ゆきひょう」です。


ゆきひょうといって思い浮かぶのは、真っ白な体にヒョウ柄の模様。最近、秋田市の動物園で赤ちゃんが生まれたことが話題になっていました。フワフワなゆきひょうの赤ちゃん。実際に見に行きたい~。

豹のなかで白いものがゆきひょう。そう思っていました。ところが!ゆきひょうは、豹と同じネコ科ヒョウ属に分類されるものの、豹の色違いというわけではなく、全く別の動物なんだそうです。なんと、系統的には豹よりもトラに近いんだとか。名前が...紛らわしい...。

でも、豹と違う動物だったからこそ、今回件名として独立して新設されたわけですね。登場したのはこの本。


ユキヒョウの世界 どうぶつたちのくらしをかんさつ!
(ナショジオキッズ わくわく地球探検隊!)

ジル・エスバウム(著)
エムディエヌコーポレーション(2022.7)


児童書ですが、ゆきひょうの生態を学ぶことができます。

2024年5月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

アーカイブ

全てのエントリーの一覧

リンク