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後ろからか、前からか―和漢古書の出版事項(11)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前々回前回、出版者の役割表示について見てきましたが、今回は同じ役割の出版者が複数いた場合、どのように扱うべきか、見ていきたいと思います。

和漢古書の出版においては、今までも何度か触れてきましたが、共同刊行ということがよくあります。とくに日本では、商業出版が盛んになるにつれ、相合版(あいあいばん)といって複数の書店が資金を出しあって出すというかたちが増え、江戸後期には刊行物の相当の割合のものがそうなっています。1書肆あたりの経費が抑えられたり、共同刊行者どうしのネットワークで全国に流通させられたりといったメリットがあったようです。
ちなみに相合版の場合、原則としては、版木自体を、それぞれの版元が出資割合に応じた枚数で所有・保管することになっており、これを留板(とめいた)と言います。お互いが勝手な増し刷りをできないようにというためですが、単純ながら効果的なやり方で、「版木」という物理的存在ならではの話ですね。

共同刊行者は、基本的に刊記や奥付に連名で表示されます。もっとも、これらの情報源の特性から言って、版木の権利が移動する以前の名前が残ったままだったりすることもしばしばあります。あるいは出版そのものにはかかわっておらず、たんに流通販売で提携しているだけの場合も実態としてはよくあるようですが、そのあたりの区別はなかなかむつかしいですので、とりあえずあまり気にしなくていいかと思います。
共同刊行者は十数肆になることも珍しくありませんので、カードや冊子目録ではスペースの関係から、代表者のみを記録したり、「代表者〔ほか〕」としていたこともよくありました。しかしこれについては、中村幸彦氏が「和本書誌のしるべ」(『著述集』15所収)というコラムで「(代表者のみを記録するのは)不親切で、私は従いがたい」とし「(複数の書肆のうち)代表を選ぶことは事務的では無理である。むしろ多くとも全部記入する方法が、事務向きである」と書いておられるように、可能なかぎりすべて記録することが望ましいと思われます(たんなる店頭での売り捌き書店は除く)。
NCRでは、これまでの慣習を引き継いで、2.4.2.1D(古)で「和古書,漢籍については,出版地ごとに出版者を記録する。一つの出版地に2以上の出版者等の表示があるときは,顕著なもの,最後のものの順で代表とする一つを選択して記録し,他は「[ほか]」と補記して省略する。」としていますが、とくにオンラインデータベースでは、有効な検索結果集合をつくるという観点から、やはり省略せず、別法2(古)に「記録する出版者等の数は,書誌的記録作成機関において,その必要に応じて定める。」とある規定を採用し、「全部必要」と考えていただいたほうがよいと思います。もちろん、システムの制限で入力できる出版地や出版者の数に制限がある場合は仕方がないので、出版事項として記録できなかったものは注記に記録することになります。ただしその場合でも、三都の出版者はできるだけ、出版事項として記録するようにしたほうがよいでしょう。

代表的なもののみ記録するにしても全部記録するにしても、出版者が複数存在するわけですので、どの順番で記録していくかが問題になります。この問題については「刊記書肆連名考」といった専門の論文もあったりするのですが、刊記・奥付から採用する場合、原則として「後ろ(左)から順番に記録する」というのがスタンダードなやり方です。
共同刊行者のうちだれが主版元かということは、ほんとうは当時の出版記録などで確認しなければならないのでしょうが、跋文の内容を読んだり、あるいは見返しや版心に一人だけ記載されている堂号と照らし合わせたりしても、たしかに奥付の最後のひとがメインだと判断できることが多いです。広告や出版目録が附されている場合も、奥付の最後のひとと一致することがわりと多いと思います。
といって、もちろん例外はしばしばあるので、たとえば京都の植村藤右衛門(伏見屋)という出版者の奥付の場合、いちばん右に本店を書き、支店を左に記していくスタイルになっています。また、往々にして奥付の主版元の下には「梓」とか「版」とか一文字追加されたりしているのですが、たいていは最後のひとであるものの、時々真ん中あたりのひとにそうした字が附されていたりすることもあります。また、主版元のところに朱印が捺されていたりすることもよくありますが、ただしこれについては、たんにそのひとの店頭で売っていた場合に捺しているようなケースもあるようなので、一概には言えません。
なお、見返し・扉に複数の出版者名(ふつうは堂号です)が列記されている場合は、刊記・奥付とは逆に前(右)からの順になっているのがふつうです。

ということで、「顕著なもの」が明きらかである場合以外、基本的に出版者は刊記・奥付の後ろから記録していればまず問題ないと言えるでしょう。もっとも、『日本古典籍総合目録データベース』の「書誌一覧」では、「出版事項」の欄は前から転記していたりするようです。ただ、これはこのデータベース(ちなみに出版者は独立した検索対象になっていません)において、それぞれの欄の内容はまとまって一つのものとして表示するようにしているからであって、NCR等の目録規則ではやはり、最初に記録する出版者と2番目以降に記録する出版者とでは意味づけが違ってくるかと思います。実際の図書館システムでも、簡略表示では最初の出版者のみ示すようになっているものもよくあると思いますので、主版元を選定してそれを最初に記述するようにすることはやはり必要だと思われます。

この主版元を一番後ろに記載するやり方は明治に入ってもしばらくはつづきますが、途中から現代風に、主要な出版者を前(右)から順番に記載していくように変わってきます。この切り替えはだいたい明治10年代くらいに進んだようですが、この前後のものははたしてどちらの方式なのか、それぞれの図書ごとに注意して見ていく必要があります。傾向としては、奥付に著者と並んで記されている場合や、異なる役割の出版者が列記されている場合は、現在と同じく前から記録したほうが適切なことが多いように思われます

コメント (4)

目録迷子:

いつも参考にさせていただいております。
大学図書館に勤務しており、この度漢籍整理の担当になりました。

こちらの記事の"刊記・奥付から採用する場合、原則として「後ろ(左)から順番に記録する」というのがスタンダードなやり方"について質問があります。

例えば、前(右)から、

江戸...A
京二条...B
  同...C
京四條...D
大坂...E

とあった場合、

大坂...E
京四條...D
京二条...B
  同...C
江戸...A

という順番で記録という解釈をしていましたが、もしかして、

大坂...E
京四條...D
  同...C
京二条...B
江戸...A

という順番になるのでしょうか。
疑問に思いましたのでコメントいたしました。
こちらについて教えていただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。

AS 伊藤:

目録迷子さん、コメントありがとうございます。

ご質問の件ですが、どちらが絶対に正しいということはありませんが、わたし個人としては、後者の
大坂...E
京四條...D
  同...C
京二条...B
江戸...A
のほうがよいだろうと思います。かりに奥付に
江戸...A
大坂...B
京四條...C
京二条...D
  同...E
というぐあいにあった場合、前者の考え方だとEよりもDをさきに記録するのか、という問題が生じます(ただし、前者の方式が誤りということではありません)。
なお、「和漢古書の出版事項(8)」で書いたとおり、出版地としては現代の「市町村名等」のレベルで採用したほうがよく、「京四條」と「京二条」は「京」としてNACSIS-CATなどでは一行で記録したほうがよいだろうと思います。いずれにしろ、都市名より下のレベルの街区・地番が同じかどうかをいちいちチェックせずに機械的に後ろから記入していったほうが、わかりやすいし作業として楽かと。ただ、時に
浪華...A
江戸...B
京...C
大坂...D
などという並びのものなどもあったりします。これをどう記録するか、NACSIS-CATなどでは割れるところかもしれません。

目録迷子:

ご回答ありがとうございました。
後者の
大坂...E
京四條...D
  同...C
京二条...B
江戸...A
の方で作業を進めていこうと思います。
(作業もやりやすいので)

現在、他の記事も読んで参考にさせていただいております。
また「?」と思ったことはコメントにて質問させていただきます。

ありがとうございました。

AS 伊藤:

目録迷子さん、再コメントありがとうございます。

今後も何かありましたら、どうぞ質問をお寄せください。
よろしくお願いします。

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