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蔵版と製本―和漢古書の出版事項(10)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回、出版者を示す様々な役割表示について見てきましたが、列記した以外で、版木(あるいはその所有権)を持っていることを示すものとして「藏版(ぞうはん)」「藏板」「藏梓」「貯板」などといった表示があります。たんに「藏」とあるのもこの意味です(なお、これに対し、たんに「版」「板」「梓」とあるのは動詞句と見るべきであって、版木に加工した意であり、蔵版者のこととは見なさないほうがよいです)。
江戸時代には著作権という概念は基本的に存在しませんでしたが、版権に相当する概念はあり、「板株(いたかぶ・はんかぶ)」の権利として、幕府から統制と保護が加えられていました。この権利は文字通りには「板木」の権利なので、逆に写本というものには原則として幕府の統制は及ばず、したがって実録物とか猥本とかいった類のものはもっぱら写本で流通していました。興味深いことに、活字印刷のものは写本扱いとなり、したがって版権というものは生じませんでした。たしかに半永久的に残る整版と違って、活字をいったんばらしてしまえば「版」としてはそれっきりですからね。
ということで、この「板株」の権利はほんらいまったく即物的なものであったわけですが、時代が下がるにつれ、たとえば焼けてしまっても権利は残るなど、かならずしも版木の所在それ自体に即したものでもなくなってきました。この板株を所有し出版する権利を有していることが「蔵版」であり、和漢古書における特徴的な存在と言えます。

蔵版者には、著者自身など、基本的に商業的出版活動を行っていない「素人蔵版」の場合と、営利出版者がそれになっている場合とがあります。前者の場合、著者やその家塾がいわば私家版のかたちで刊行し、売れ筋となったら営利出版者に発行者となってもらって広く流通経路に乗せる、というのがありがちなパターンです。後者は、そうした版木の権利を買い取ったケースのほか、あるいは当初から出版者の企画商品として版の作成から販売にいたるまでを行う場合もあります。
それらの版木あるいはその権利は何度も転売されるようなこともあり、版木あるいはその権利の移動があったことを示すものとして「求版(きゅうはん)」「購版(こうはん)」「買版(ばいはん)」「蘄版(きんはん)」などといった用語があります。

蔵版者は、他の出版者(発行者等を含む)がある場合は、原則として注記に記録します。他の出版者がない場合(発売者のみある場合を含む)は、注記した上で、書店や官公庁(藩)の場合は出版者として記録してよいですし、個人・私塾の場合も補記括弧に入れて出版者として記録してよいと思います。
ただし、刊記・奥付において現代の市町村に対応するレベルの地名以下の地番・街区とともに表示されている場合は、基本的に営利出版者であり、「蔵版」とあってもふつうの出版者として扱ったほうがよいです。
この蔵版者というのは漢籍(唐本)でも存在しますが、中国の場合も、公的機関や家塾のほか、書店であることもよくあります。「本衙(ほんが)蔵版」(「衙」は「役所」の意)のようにあって蔵版者を特定できない場合は、注記にそのまま「封面に「本衙蔵版」とあり」などと記録し、出版者は不明としておきます。

「蔵版」のほかに注意したい表記として、「製本」があります。現代書では印刷・製本者ということで、出版者としてはふつう記録しませんが、明治前期を含む和漢古書においては、そうした存在と判断してしまうとまずいことがあります。和漢古書における「製本所」は、『日本古典籍書誌学辞典』に「本屋以外の素人蔵版の書籍の製作を請け負う書肆について、版元と区別するために製本所の称をもって刊記に記す場合も多い」とあり、要するに発行者のことなのです。実際、「製本發兌」といった役割表示もしばしば見られます。もちろん、製本者と発行者が異なる場合もあり、その場合は製本者=出版者、発行者=発売者となります。
ということで、「製本」「製作」「調製」あるいは「印行」なども、他に出版者がなければ、現代書とは違って、「出版者」として記録するほうが適当です。ただ、他に出版者がある場合、とくに製本者が発売者より後に記されている場合などは、これらや「刻字」「剞劂(きけつ)」などは、まさに現代の「印刷・製本」とほぼ同じ、すなわち製作者として扱ってよいでしょう。

以上見てきたような多様な役割表示は、幕末から明治期にかけてはまさに過渡期ですので、意味が重なり合いながら微妙にずれてもいるようであったり、一概にこう、と言えるものはありません。実際「出版」「版主」「版元」などと表記があるのは、完全に蔵版者の意味で使われていたりする場合もあり、「出版人」とあっても注記にまわしたほうがよいことだってあるのです。
といった具合に、これらの表記の意味するところとそれぞれとの関係は、きわめて複雑多岐な、ほとんど怪奇的なまでの様相を呈しており、整理するのは容易ではありません。すくなくとも明治以降のものについては、現代書として扱うことも多いですし、ほんらいならば、日本の目録規則でこそきちんと規定しなければならないはずのところだろうとは思いますが、現実にはなかなかたいへんなことかとは思います。

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