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出版者の役割表示―和漢古書の出版事項(9)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

「和漢古書の出版事項」の前々回前回、出版地のことを見ましたので、今回からは出版者のことを見ていきたいと思います。

NCR87R3の2.4.2.2A(古)には「和古書,漢籍の出版者は,記述対象に表示されている名称をそのまま記録する。個人名のみの場合はそれを記録し,屋号のあるものは屋号に続けて姓名の表示等をそのまま記録する。」とありますので、基本的に刊記・奥付のものを図書にあるとおりに記載します。ふつうは「屋号+通称」か「名字+通称」になっていますが、例示されているように「伊勢屋額田正三郎」といった具合になっているものもあれば、「上坂勘兵衞兼勝」のように諱(いみな)があるものもあります。堂号も付されていることもありますが、同じ字の大きさでつづけて書かれているのでなければ、検索上はむしろ含めずに記録したほうがよいと思います。

さて、和古書・漢籍において、刊記見返し等に現れる「出版」を示す語は、きわめて多様です。実際の出版流通過程の順を追って考えれば、以下のようなものがあげられます。
まず、原稿をもとに版木に文字を彫る行為を示すものとして、「刊行」「栞行(かんこう)」「板行(はんこう)」「彫刻」「彫板」「上木(じょうぼく)」「鏤版(るはん)」「剞劂(きけつ)」「刻字」など。とくに彫り始めたことを示す語として、「開版」「開鐫(かいせん)」「開彫」「肇彫(ちょうちょう)」「發槧(はつざん)」など。彫り終わったことを示す語として「刊成」「刻成」「鳩功(きゅうこう)」「功成」などがあります。
このとき、版木の材質に由来する語として「上梓」「梓行」「發梓」「鋟梓(しんし)」「繍梓(しゅうし)」「綉梓(しゅうし)」「壽櫻(じゅおう)」「鐫棗(せんそう)」などがあります。すなわち「梓」の木を使うのが歴史的にはオーセンティックなのですが、これは中国での用語で、日本では版木の材料としてもっとも適していたのは「やまざくら」なのだそうで、それで「壽櫻」といった言葉があります。石版印刷の場合は「上石(じょうせき)」などと言います。
活字印刷の場合は、「活板」「排版(はいはん)」「排活」「集字」「聚珍(しゅうちん)」と言った用語を使います。「排」とは「並べて置く」という意味です。「聚珍」は、「活字」という言葉がどうも俗っぽいということで、中国清朝の乾隆帝が考案させたもので、「珍書を聚(あつ)める」という意味あいになります。

さてまた、完成した版木を印刷することを示すものとして、「印行」「摺印(しゅういん)」「刷印」「承印」などが、印刷したものを本のかたちに製本することを示すものとして「製本」「製作」「調製」「調進」などが、製本されたものを世に出すことを示すものとして「發行」「發兌(はつだ)」「發市」「發客」「頒布」「頒行」などがあります。とくに対価を取って売ることを示すものとして「發賣」「發販」「販賣」「賣捌(うりさばき)」「賣弘(うりひろめ)」「代售(だいしゅう)」「弘通(ぐつう)」「經銷(けいしょう)」などがあり、一方、社寺などの「配り本」であることを示すものとして「施本(せほん)」「施版」「施印」などがあります。費用を募(つの)って出版したことを示す「募刻(ぼこく)」「募刊」「捐刊(えんかん)」といった表記も見ることがあります。

実際の図書においては、出版者や出版年につづけて、これらのもろもろの語で用いられる各々の字を「刻」「梓」「版」など単独で動詞句として用いたり、各々の字を組み合わせたりしていることも多いですし、動詞句に対して「謹刻」「敬刻」など謹慎の意を表したり、「合刻」「同刻」「仝刻」「雙梓」など複数での出版の意を表したり、「新刻」「三刻」など回数を示したりするような副詞句を加えたりすることも、しばしばあります。
また上記のほか、「刊印修」のところで見たような何らかの書誌的来歴をともなうことになる表記として、一度印行されたものを同じ版木を使って再び印刷したことを示すものとして「重印(じゅういん)」「後印(こういん)」「再印」「後刷」など、もとの版木の一部を補修して刷ったことを示すものとして「補刻」「後修(こうしゅう)」など、版木をもう一度彫り直して複製したことを示すものとして「重刊(じゅうかん)」「重刻(じゅうこく)」「再刻」「後刻」など、内容にも修正を加えたことを示すものとして「改刻」「改正」「修刻」「訂刻」「校刊」などがあります(最後のものは責任表示とすべき場合もあります。前述)。
以前書いたように、原本をそっくりそのまま敷き写した場合には「覆刻」「景刊」「摸刻」「影摹(えいも)」など、敷き写しではない場合、とくに中国で出版されたものを日本で再版した場合には「翻刻」「翻刊」「繙刻」「反刻」などといった言葉が使われます。

これらの語は、ほんらいはそれぞれ異なったニュアンスを持っており、たとえば「再版」は同じ版元による彫り直しで、「重版」は別の版元による彫り直しのことだと言います。しかしながら、現物においてはあまり厳密に区別されることなく用いられていることも多いですし、同じ出版者のはずなのに刊記と見返しとで役割表示が違ったりすることも多いですので、まあ細かくはあまり意識しないでもよいでしょう。

基本的にこれらの語をともなうものはすべて出版者になりうると考えてよいですが、ただし、「發賣」「發販」「販賣」「賣捌」「賣弘」「代售」などはやはり頒布者(発売者)として記録したほうがよいと思われます。といって、全国の書店名が列記されている場合など、たんに書店として店頭で実際に売っていることを示しているのみであれば、記録する必要はありません。
また「發行」「發兌」「發市」「發客」「頒布」「頒行」などは、他に出版者があるのならば、頒布者(発売者)と見なしますが、そうでなければ出版者でよいと思います。ただし前の場合でも、出版者が著者と同一か、もしくは著者とのあいだに血縁または版権継承関係がある場合、発行者・発兌者を出版者として扱ったほうがいい場合もあります。このあたりは、「版元」「板主」などといった表記ともからんで、どのように解釈し記録すればよいのか、頭を悩ますところです。

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