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刊記と奥付―和漢古書の出版事項(1)

こんにちは。半年ぶりに、データ部AS・伊藤です。主に和装本を担当しています。
今期は出版・書写事項について書いてみようと思います。実のところ相当ひとすじなわではいかないところなので、いささか躊躇していたのですが、ともあれよろしくお願いします。

これまでに書いたところの書名責任表示に関しては、情報源が多岐にわたり、記載自体も多様だということがいちばん取っ付きにくいところと言えるかと思いますが、和漢古書の出版・書写事項に関しては、図書の記載そのものについて注意すべき点はもちろん多々あるのですが、それ以上にそれをどう「解釈」するかがポイントになります。そのあたりがひとすじなわではいかないというところなのですが、とりあえずまずは情報源から見ていきましょう。

和漢古書は現代書のように造りが一定でないので、情報源の範囲はきびしく限定はされないのですが、出版事項については、日本目録規則1987年版改訂3版の2.0.3.2Aでは「刊記,奥付,見返し,扉,版心,序,跋,識語等」と規定されています。タイトルの情報源と比べると数は少なめですね。また、とくにタイトルと違って優先順位は規定されていませんが、だいたいこの順番で重要性の高い情報源だとは言えそうです。
「刊記,奥付」については、和漢古書においては「刊記」のなかの一種が「奥付」(ほんらいは「奥附」)だという位置づけになります。「刊」とはすなわち「出版」publishingを意味しますが、「刊記」とは文字通り「出版についての記述」ということです。ということで、図書の中で、他と独立したかたちで出版についての記載がある箇所があれば、それはどこにあろうと「刊記」と呼んでよいのです。ただ、実際にはそれらは巻末や本文末にあることが多いので、ただ「刊記」と言ったらふつうそれらの「巻末刊記」のことを指します。

記述するのに、いちいち「巻末刊記に「○○」とあり」などとすると、ちょっとうるさいと思いますが、といって刊記と言ってよいのに「巻末に「○○」とあり」などとしていると、「刊記」という用語を知らなかったり、その記載内容が出版事項だということを理解していなかったりしているようで、あまりよろしくない気がします。
他方、巻末以外にある刊記のことを記述する場合は、「序末の刊記に「○○」とあり」とか「原刊記(目録末)に「○○」とあり」とかいったふうに、場所を明示したほうがよいです。時々お目にかかるのが、多巻物で途中の巻の巻末に刊記があるというケースで、スペースの都合でこういう具合になったのだと思われますが、たとえば全18巻で巻末には出版事項らしきものが見当たらないなあと思ってよく探すと、冊の途中の第17巻の巻末に刊記があるのを発見したりしますので、要注意です(こういうのを見つけたときはちょっとテンションがあがります)。

さて「奥付」とは、上記の「巻末刊記」のうち、本体と別の丁になっているもののことだけを言います。現代書では、「奥付」と言ったら要するに中国語で言うところの「版権頁(はんけんけつ)」のことで、最近では標題紙裏にある場合なども増えてきているかと思いますが、和漢古書では厳密に、「巻末にあって本体と別の丁になっている」という形態的な要件でもってこのタームを使うか否かが決まります。多くの場合はオモテのみ半丁分を裏表紙の裏に貼り付けていることが多いですが、表・裏1丁分になっていることもあります(記載内容が多ければ数丁になることもあります)。なお、「奥付」のあとに広告や出版目録などがさらに附されていることもしばしばありはします。

歴史的に言うと、「奥付」は時代が下ってから「刊記」から派生して一般化した一形態ということが言えます。刊本が出現した当初は、出版に関することをどこに記載するか決まったかたちはなく、多くの場合、跋文などでそのあたりの事情を書き記しているだけだったのが、次第に「寛文元年八月吉日 中野小左衛門刊行」といったような「いつ・どこで・だれが」出版したという定型的な漢文の文句を巻末に記載するようになりました(なお、定型的な文句でなく、長々とした文章になっているものは「刊語」(かんご)と称します)。
また、中国では明代、日本ではその影響を受けた江戸時代初期までのものによく見られますが、定型的な文句が枠(しばしば位牌のようなかたちにデザインされています)で囲まれているかたちのものがあり、これを「木記」(もっき)とか「牌記」(はいき)とか言います。とくに蓮の台(うてな)の上に載せられているものを「蓮牌木記」(れんぱいもっき)と呼びます。

日本でこの「刊記」が別の丁に刷られてくるようになってくるのは、起源ははっきりしませんが、はっきり増えてくるのは元禄・正徳の頃からと見られ、この時代あたりから共同刊行というかたちが増えてきたのと軌を一にしています。すなわち、刊行者を横並びに列記するのに、たっぷりしたスペースを必要としたということだと思われます。
この傾向は、以前触れた享保7年のお触書で「何書物によらず此以後新板之物、作者并板元実名、奥書に為致可申候事」と規定されたことで決定的なものになり、書物の性格によって実態としては一概には言えないものの、基本的にこれ以降の出版物では奥付が附されていることが一般的になります。このようにここで画期がありますので、逆に享保年間以前の刊記については、原則として、「刊記に「○○」とあり」と注記に転記しておいたほうがよいかと思います(なお、このお触れの文言では「奥書」となっていますが、書誌学ではふつう「奥書」というとまた別のもののことを指します。これについてはまた後日)。

一方中国では、巻末の刊記というスタイルはあまり採用されなくなり、清代には、次回触れる「封面」または「封面裏」に出版情報が記載されることが一般的になっていました。ただ、清末になって、今度はおそらく日本の明治期の図書の影響で、そうした日本式の奥付を附したものが見られるようになります。きっとそのほうが、何となくモダンな感じがするように受け取られたのでしょう。このあたりの経緯は、彼我の文化的交流の一側面を示すものとして、ちょっとおもしろいことのように思います。

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