こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。
前々回と前回、冊子の特殊な装丁について見てきましたが、巻物や折本など、冊子でない本についても特殊なものがあります。今回はこれについて見ていきましょう。
巻物にせよ折本にせよ、折っていない紙を、端裏と次の紙の端表を重ねて、重ねた部分を糊付けする、というところまでは同じ工程です。前者はそうしてつなげた紙を折らずに巻き、後者はそれを蛇腹状に折る、というところからが違ってくるわけですね。後者については、折ったものに分離した表紙・裏表紙をつけたものがふつうの「折本」、つながった表紙・裏表紙をつけたものが「旋風葉」ということになります。
「折本(おりほん)」はもちろん日本語での呼び方で、漢語では「帖装本(じょうそうぼん)」と言います。「帖装」は、『日本古典籍書誌学辞典』(p294)によれば「折本の別称とするのが一般的」ということですが、折本のほか「旋風葉」や以下に述べる「経摺装」、また折帖の類までを「広く含めた呼称と言える」とも書かれています。
さてその「経摺装(きょうしゅうそう・きょうしょうそう)」という装丁ですが、これについての説明も、ご多分に漏れず人によって違っています。
長澤規矩也氏は「旋風葉の変形の一。前表紙を背から後へ、さらに前へと包んだもの」(『図書学辞典』(汲古書院1979)p15)と、川瀬一馬氏は「折本の特殊な形式の装訂。後(うしろ)に幅の広い表紙を付け、前に廻して左右に打ち合わせ、上(うわ)まえの端に紐を付けて巻き止める。」(『日本書誌学用語辞典』(雄松堂出版1982)p81)と、堀川貴司氏は、折本の類似の装訂のひとつとして「裏表紙が左右に長く伸び、全体を包んで保護するもの。巻子本同様、八双と巻緒が付いているものもあります。」(『書誌学入門』p28)と、それぞれ説明しています。いずれにしろ表紙もしくは裏表紙を伸ばして全体を包んだもので、「折本」の表紙のつけ方の特殊な形態と言ってよいと思います。
一方、藤井隆氏は、そうしたものについて「帙形折本」および「包表紙形折本」と説明しており(『日本古典書誌学総説』p56-57)、「経摺装」というタームは使っていません。『日本古典籍書誌学辞典』では、それらとはまたすこし別の「巻子本(かんすぼん)の包装表紙など、折本本紙とは別の紙を用意し、その中央に折本の巻頭に継いだ白紙の一部(紙継ぎのための余白部分)を糊で貼り付け、折り畳んだ本紙の巻末を上にして置いて、別紙で左右から包む。別紙は必ず右側を前にして打ち合わせて、右前の左端にある竹の八双(押え竹)に付けられた紐で巻き留める。表紙を開くと本紙が翻ってしまう折本の欠点を改良したもの」(p154)というのが「経摺装」だとした上で、「藤井隆『日本古典書誌学総説』に「帙形折本」「包表紙形折本」と分類される形式としばしば混同されているようである。」と書いています。
いずれにしろ、「摺」はこの場合、「刷る」の意味ではなく「折りたたむ」の意味であり、中国ではふつうの折本の装丁のことを「経摺装」もしくは「経折装」と呼んでいることがあります。なお中国では、折本に対して「梵夾装(ぼんきょうそう)」という呼称もよく用いられていたようですが、「梵夾」とは、古代インドやチベット、東南アジアなどで見られる、横長の長方形に切ったヤシの葉(貝多羅(ばいたら))に経文を記したものを夾板で押さえて紐で結んだ「貝葉経(ばいようきょう)」のことを言いますので、折本とはほんらい別もののはずではあります。いずれにしろ、仏教のお経に典型的な装丁ということによる呼称であり、日本の「法帖仕立」というタームとも相通ずるものがありますね。
このほか、巻子本の特殊な形態として、「龍鱗装(りゅうりんそう)」というものもあり、『日本古典籍書誌学辞典』でも項目立てされています(p599)が、これは実のところ北京の故宮博物院所蔵の唐代写本が「現存唯一の例」だということですので、もうここで説明することはやめにします。ただ、『日本古典籍書誌学辞典』(p345)に、漢籍において「経折装」(折本)とこの「龍鱗装」それぞれの別称として「旋風装(せんぷうそう)」というタームが用いられることがある、という説明があることだけ記しておきます。これによれば、どちらの装丁も「つながった表紙・裏表紙をつけたもの」ではありませんから、日本の「旋風葉」とは別ものということになりますね。
ちなみに、和漢古書の装丁の歴史についての解説で、「旋風葉」の紙の外がわの折り目を切り離すと「粘葉装」の形になる、と説明されていることがよくありますが、紙の折り方と重ね方とが根本的に異なっているので、「粘葉装」がこの「旋風葉」から「発展」したものと言ってよいのか、だいぶ疑問があります。発想の起源はともかく、装丁の形としては別々に成立したものと見たほうがよさそうに思います。