こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。
アイテムレベルにかかわるものとして、蔵書印と書き入れについて見てきました。最後に、今回と次回、保存状態についての注記を見ていきたいと思います。
和漢古書は製作から数百年を経ているものですので、さすがに何らかの傷みがあるのがふつうと思ったほうがよいです。貸本などはたいてい手垢のついたクタクタの状態になっていますし、多少の破れや綴じ糸の切れ、題簽の剥落などは常のことですので、特別な本で詳細に記録する場合以外、これらを一々記録する必要はありません。
傷みでもっともよく目にするのは「虫食い」の被害で、図書の内部に、1~3ミリ程度の幅の穴を縦横に開けられてしまっているのは、残念ながら高温多湿の我が国ではおなじみの光景です。これに対し、朝鮮半島や中国北方では虫損(ちゅうそん)というのはそう多くないそうで、羨ましいかぎりです。
紙を食べてしまうのは「紙魚」(しみ)ではなく、シバンムシという甲虫によるもので、ひどい場合は本を開くとぼろぼろになった無数の紙片が飛び散るようなぐあいにもなります。虫の害を防ぐには古来、天気の良い乾燥した日に「虫干し」をすることが行われてきましたが、現在では化学的な燻蒸(くんじょう)処理を専門業者に依頼するのが一般的です。『和本入門』等によれば、電子レンジに入れて加熱すれば一発で退治できるとのことですが、これはちょっといろいろな意味で勇気がいりますね。
虫食いがあれば基本的に「虫損あり」と記録しますが、まあこれもあることがふつうなので、文字にかかっていない程度であれば無視してもよいでしょう。逆に虫食いがひどく開披もできないようであれば「虫損甚だし」などと記録します。なお、紙を食べてしまう虫の害については漢籍ではむつかしく「蠧損(とそん)」と書いたりしますが(「蠧」はキクイムシの意)、「虫損」で問題ありません(もっとも、「虫」は「爬虫類」などのとおり、もともと昆蟲を指す字ではありませんが)。
虫損に対しては、裏から和紙をちぎって貼る「虫つくろい」や、別の紙を一丁まるまる裏から貼る「総裏打ち」をしてある場合もあり、必要であれば「虫損あり(裏打ち補修あり)」などと記録します。
食害として昆虫のほかに時々見られるのは、ネズミによって端を食いちぎられたもので、これはなかなか補修もたいへんです。歴世、ネズミ対策で最も有効なのはと言えばネコを飼うことだったわけですが、ある本に捺されていた蔵書印には、猫の後ろ姿のシルエットと「辟鼠」という文字が彫られていました。はたしてネズミ避(よ)けに効果があったでしょうか。