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そこまでして(和装本の責任表示(4))~ASで作成するデータについて~

こんにちは。データ部AS・伊藤です。主に和装本を担当しています。

前回、「物茂卿(ぶつもけい)=荻生徂徠(おぎゅう・そらい)」という例をあげてみました。この「物茂卿」ですが、正確に言うと「物・茂卿(ぶつ・もけい)」とすべきもので、これは漢学者が中国風に名乗った姓名です。「茂卿」というのが本名すなわち諱(いみな)で、「物」というのは荻生氏の本姓の「物部(もののべ)」を中国風に一文字にしたものです。このように、日本人が中国風の姓名を名乗ることがしばしばあります。

そもそも、姓と氏というのは中国でも日本でもそれぞれほんらい別の概念なのですが、江戸時代頃の日本で言えば、「姓」というのは「源・平・藤・橘」のたぐい、すなわち本姓をさします。「徳川家康」の「徳川」は姓ではなく氏(苗字)で、徳川家の本姓は「源」ですから、「源家康」というのが正式の名乗りということになります(もっとも、若い頃は「藤原」姓を称していたそうですが)。
「源」や「平」あるいは「橘」「紀」などは一字姓ですのでそのまま中国風になりますが、「藤原」「菅原」「大江」などの場合はそのままではどうにも和風ですので、これらの姓の人は「藤~」「菅~」「江~」と称します。藤原貞幹(ふじわら・さだもと)が藤貞幹(とう・ていかん)と称したり、菅原道真を菅丞相(かんじょうしょう)と呼んだりするたぐいですが、このように中国風に一文字にして名乗った姓を「修姓」(しゅうせい)と言います。荻生徂徠の場合の「物」は「物部」の修姓というわけです。
当然ながら、漢籍の注釈書や漢詩文集といった種類の書物にこの修姓の例は多く―中華趣味の気取りと言っていいかと思いますが―、目録をとる際に注意しなければなりません。「源」とか「藤」とかいったのは、中国風ではあっても実際には中国にはほとんどない姓ですから大体すぐ分りますが、「江」(「大江」の修姓)や「安」(「安倍」の修姓)などは紛らわしく、うっかり中国人と間違えてしまったりしていると、ちょっとみっともないことになることがあります。もっとも、ご本人にしてみればまさにしてやったりということかもしれませんが。

さてこの修姓、ほんらいは本姓を中国風にするのでしょうが、そこはあまり厳密でもなくて、苗字を中国っぽくしている例もたくさんあります。「田宮仲宣(たみや・なかのぶ)」が「田仲宣(でん・ちゅうせん)」と名乗ったり、「木村蒹葭堂(きむら・けんかどう)」が「木孔恭(ぼく・こうきょう)」と云ったり、「鈴木芙蓉(すずき・ふよう)」が「木芙蓉(ぼく・ふよう)」と称したりしているのですが、もっとも、田(でん)さんはよくありますが、木(ぼく)さんなどという中国人はまずいないと思われます。
鈴木さんで言えば、幕末明治期の「鈴木松塘(すずき・しょうとう)」という漢詩人は、「鱸松塘」と称したりしています。もちろん、「鈴木=鱸(すずき)」ということで、きっと「ろ・しょうとう」と呼んでもらいたかったのだと思いますが、でも「鱸」などという姓も中国にはいないような。必ずしも修姓とは言い切れないものの、ほかにも何人か「鱸」を称した鈴木さんはおり、そこまでして中国風の一文字の姓にしたいか、と突っ込みたくなりますが、そのヘンな努力にちょっと感心しなくもありません。

コメント (3)

しゅみ:

修姓についての記事、とても参考になりました!
平田篤胤が、例えば「三暦由来記」で、平篤胤と称しているのも、修姓なのでしょうか。
その場合、読みは「へい とくいん」となるのでしょうか。
ちょうど和漢書の読みなどについて調べ物をしていた折にこちらの記事を見つけました。
とても興味深く、勉強になりました。

koji ito:

しゅみさま、コメントありがとうございました。

「平篤胤」ですが、この場合の「平」は「平田」の修姓ではなく、上で触れている本姓の「平」を称しているということになります。新井白石が「源君美」と署名したりしているのと同じパターンですね。ですので、記述形の読みは「たいら, あつたね」ということになります。
正式な名乗り方としては、本姓の下ににカバネをつけて「平朝臣篤胤」(たいらのあそんあつたね)のように称しますが、国学関係のひとだと、万葉仮名で「平阿曽美〇〇」などというぐあいに記していたりします。

しゅみ:

迅速に回答いただき、ありがとうございます!
なるほど、この場合は本姓で「たいら」でいいのですね。
勉強になりました。
ありがとうございました。

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