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今まど子先生講演会 Part1

こんにちは、
典拠の田辺です。
2/6(木)、中央大学名誉教授の今まど子先生をお迎えして、
データ部向けに講演会を行っていただきました。
p20140221-1.JPG
今まど子先生は
1954年慶應義塾大学3年生の時に
日本図書館学校第4期生として入学、
大学卒業後は国際文化会館図書室に勤務され、
その後イリノイ大に留学されました。
帰国後は東大図書館、慶應義塾大図書館などに勤務の後、
獨協大学教授。
11年勤務された後中央大学に移られ、
図書館学を担当されました。
2002年に退職、
現在は中央大学名誉教授でいらっしゃいます。

先生は「現代日本の図書館構想」(2013年勉誠出版刊行)を編集されましたが、
TRCの社員も執筆者に加わっていて先生とご縁ができました。
今回はそのつてで講演会が実現しました。
(本当のところはTRCを見学してみたいという先生のご希望にちゃっかり乗ってしまい、
ぜひ後輩にエールを!!ということでお話をしていただくことに。
会社見学は別の日においでいただいています。)
本当に寒い日だったのですが、
データ部社員に先生の貴重な御経験を直にお話していただきました。
以下簡単にその概略をお伝えします。

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◆日本図書館学校設立の経緯
1945年11月(敗戦後3カ月)で
GHQの民間情報教育局(Civil Information and Education Section,CIE)が内幸町にCIE図書館(CIEインフォメーションセンター)を作ったところ、
日本人の利用が少なくなかったため、
東京以外の地方にも図書館を作ることに。
CIE図書館で、日本人の司書を採用しようとしたが
日本には司書養成の機関がなかったため(全くなかったわけではない)、
慶應大学に司書養成のための学校(日本図書館学校。略称:JLS)を設置することに。
(先生はその第4期生ですが、高校生のときにJLSができると聞いて、
「これだ、私のやることは」と閃いて
慶應大学を受験、そして入学されました。
図書館がどういうものかもよくわからずに閃いたそうです。)

◆日本図書館学校での勉強
とにかく宿題が多い。
何が困ったと言って、
慶應大学の図書館は閉架式。
1回1冊ずつ書名を書いて閉架書庫から出してもらうのだが、
「ひなまつり」を調べるのに
百科事典の「ひ」の巻を出してもらって該当箇所をみると
「ひなまつりは「上巳」(じょうし)を見よ」となっている。
そうなると今度は百科事典の「し」の巻を出してもらわなくてはならない。
そんなにすぐには次の図書を出してもらえなかったので
ひなまつりを調べるのに結局は一日がかり。
そのため慶應大学にあった開架式の日本図書館学校用の図書室でもっぱら調べものをした。

◆カード目録
当時の日本の図書館のカード目録は、
和書は書名目録、洋書は著者名目録。
そうなると、「川端康成」の著作を探すといっても、
書名がわからないと探せない。
逆に洋書は著者がわかっていてもタイトルしか知らないと探せないような状況。
ところが日本図書館学校用の図書室はすごい。
著者名、書名、件名目録の辞書体目録で、
この3つのいずれかでもわかれば探すことができた。
その後日本の目録規則も変更になり著者名目録となったが、
それは本名を標目とするものだったので、
今度はその人物の本名を調べなくてはならず人名辞典とくびっぴき。
本名から一般に知られている名前に
「をみよ参照」または「をもみよ参照」を作ることに。
その後再度目録規則が改訂されて
一般に知られている名前で記入を作ってよいことになった。

Part2につづきます。来週月曜日に掲載します)

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