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2016年6月20日

刊印修のはなし―和漢古書の出版事項(5)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回、和漢古書において、各種の情報源の記載はいろいろな時点のものが混在しているので注意が必要だということを書きました。そのことを踏まえて、和漢古書の目録記述をする際に理解しておかなければならない概念として「刊・印・修」というものがあります。今回はこれについて見ていきましょう。

「刊・印・修」というのは、もともと漢籍における専門用語で、「刊」とは図書の内容を版木に彫って出版すること、「印」とはその版木を使ってそのまま印刷すること、「修」とはその版木に修補を加えて印刷することを言います。たとえば、冊子目録等で、「文政十二年刊 天保三年修 明治印」とあったら、文政12年に版木が彫られ、天保3年にその版木に修訂が加えられたものを、明治に入ってから印刷した、という意味になります。
版木というものは、何度も刷っているうちに磨耗や損傷が生じますが、保存状態がよければそれ自体は数百年以上持つものです。損傷が生じたり、内容を改訂する必要が生じたりした場合は、その箇所を削り取って、新しく木を埋めこんで彫り直すことになりますが、これを「埋め木(うめき)」もしくは「入れ木(いれき)」と言います。刊行後にこうした修訂を加えて印刷することが「修」ということになりますが、刊行前の校正段階でこうした作業がなされたものについては「修」とは称しません。

「刊・印・修」はこのように図書の「刊行状況」を示す用語と言ってよいですが、注意したいのは「印刷状況」を示す語ではないということです。われわれが手にする図書は基本的に後刷りのものであることがふつうで、初刷りのものがあればそれこそ特記する必要があるくらいです。ですので、刷り面に多少のかすれや荒れがあっても、わざわざ「後印本」と記録することはありません。
「後印本」とのみ注記に記録することになるのは、基本的に、情報源にあって出版事項として記録する出版年代と、実際にその本が印刷された時期とのあいだに大きな間隔があると判断したときだけと思ってよいでしょう。もちろん、刊行者と別の印行者がある場合は、年代の開きの多少にかかわらず、その印行者の「印」ということになり、以前の刊行時の情報はすべて注記に記録することになります。

和漢古書においては、現代書の「版」editionという概念は基本的に用いませんが、NCRに準拠した目録記述においては、「刊・印・修」とは、出版事項というより、要するに刊本の書誌的来歴にかんする事項と理解してよいかと思います。すなわち、記述対象の書誌的来歴として記録すべきことがあれば、注記の該当する位置に「文化5年發行の後印」とか「據崇禎13年武林錢氏刊本重刊」(崇禎13年の武林の錢氏の刊本に拠り重刊)とか記述することになります(後者は漢籍での書きかた)。
記述にあたっては、「刊・印・修」を、上述の意味によってきちんと使い分けなければいけません。「後印」「重印」は、すでに出版された版木を使ってそのまま印行することを言いますが、「後印」と「重印」とで使い分けるひともあり、また「重印」には現代書ですこし別の意味もありますので、「後印」を使ったほうが無難かと思います。版木に手を加えて印刷した場合は、「後修」となります。
これらに対し、「重刊」「再刊」とは、すでに出版されたものをもとに、もう一度版木を彫り直して刊行することを言います。なお、「重刊」というのは「重ねて刊した」ということですから、意味からするとほんらい「ちょうかん」と読むべきで、中国語のピンイン表記でも「zhong kan」ではなく「chong kan」となりますが、日本では読みぐせとして「じゅうかん」と読むことが定着しています。「重刻」「重印」なども同様です。

重刊(重刻)のうち、もとの本を敷き写しにして復刻したものを「覆刻」(ふっこく)とか「景刊」(えいかん)とか言い、現代書で「××年○○出版社刊の複製」のように記述するのと同じように、「寶永4年出雲寺和泉掾刊の覆刻」などと記述することになります。漢籍では、「用正平19年堺浦道祐居士刊本覆刻」(正平19年の堺浦の道祐居士の刊本を用いて覆刻)とか「用日本覆宋刊本景刊」とかいったように記録します(「據」ではなく「用」を用いることに注意)。後者は、日本で宋の時代の刊本を敷き写しにして出版したものをさらに覆刻した、という意味になります。
覆刻本は、覆刻した際の出版事項や、すくなくとも覆刻であること自体くらいは、現物に明記しておいてくれればよいのですが、海賊版などの場合、もとの年記までかぶせ彫りしていることもあり、こうなってしまうとお手上げです。結果としてまったく同じ出版事項の記述になってしまう別版の書物が存在してしまうわけで、こうしたものについては、現物や画像を並べて比べて見る以外、最終的にはどうにもしようがないのですが、通常の整理ではそこまで突き止めるのはなかなかむつかしいでしょう。

覆刻ではない重刊本、すなわち、一度出版されたものをもう一度版木を彫り直して出版したというだけで敷き写しとかではないものについては、現代でも使う言葉ですが、「翻刻」(ほんこく)と称します。中国語では同音になるので、「反刻」「繙刻」といった表記も時々目にします。和漢古書では、とくに中国で出版されたものを日本で出版したものについて使うことが多く、「康煕60年序刊の翻刻」といった具合に注記に記録することになります(「翻刻」という記述については、まだ触れておくべきこともあるのですが、これはまたいずれ)。

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