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2018年3月26日 アーカイブ

2018年3月26日

旦那さまのご趣味は?―謡本・浄瑠璃本

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回、注や訓点のことについて見ましたが、NCR87R3の2.7.4.7(古)には、イ)の訓点につづいて、「ウ)謡本等で,本文の横に付された記号について,説明する必要があるときは注記する。」とあります。
謡本(うたいぼん)というは、能の詞章(テキスト)を記した本のことで、舞や囃子が必須の構成要素となる能の上演とは別に、謡そのものの稽古のために製作・刊行されたもので、謡曲が武士や町人の趣味・たしなみとして大いに流行したため、江戸時代以降多数発行されています。台詞の一部やト書きは基本的に省略されているので、上演台本とは言えず、あくまで謡の稽古の際に用いる、謡曲のテキストや節まわし(節付)を記した本、ということになります。
謡本は書型としては半紙本もしくは横中本であることが多く、また一作品が単独で刊行されていることはほとんどありません。半紙本のもので非常によく目にするのは、観世流の数十冊のセットもので、各冊に4つから6つ程度の作品を収録したものです。セットもののつねとして、各冊に刊記等はありませんが、基本的な造本が同じですので、「観世流謡本」といった仮のシリーズ書名のもとに、まとめて整理したほうがよいかもしれません。たいてい、表紙に縦書きされた収録作品を横に並べた目録題簽が貼られており、時にそのすみに「内」とか「外」とかあったりします。前者は当時のメジャーどころを集めた「内百番」の、後者はそれにつぐものを集めた「外百番」のものであることを示しています。
謡本の刊行は江戸時代初期からいろいろな書肆で行われましたが、代表的な版元は京都の山本長兵衛で、17世紀半ばの万治年間から幕末まで観世流の謡本の版木を所有していましたが、元治元年の蛤御門の変で版木自体はほとんど全焼してしまいました。その後、版権は同じく京都の橋本常祐に譲渡され、明治後には檜常之助(常助)と名乗った彼の檜書店から、現代に至るまで謡曲の本が出版されています。ちなみに、「檜大瓜堂」というのは、大正期にできた東京店の店名ですが、これは「大売り堂」の意味なのだそうです(現代の檜書店はこの東京のほうが本店で、オリジナルの京都店のほうは平成25年に閉店)。

謡本に近いジャンルでよく見るものとして、浄瑠璃本(じょうるりぼん)のことも触れておきましょう。こちらは、三味線の伴奏で語られる浄瑠璃の詞章を記した本で、江戸前期には、語りを担当する太夫(たゆう)使用の原本を正確に写した、細字十数行の挿絵入りの正本(しょうほん)が読みものとして刊行されていましたが、元禄期の近松門左衛門・竹本義太夫コンビの活躍で、こちらも趣味として稽古する旦那衆の需要が高まり、節の付された稽古本が刊行されるようになりました。一曲まるまるを収めたものを丸本(まるほん)と言い、一部のみ抜粋したものを抜本(ぬきほん)と言います。後者はあるいは、太夫が舞台上で使用するものについて、床本(ゆかほん)と言ったりします。いずれにしろ、どちらも稽古用・実践用のものですので、字は大きめで半丁あたり六行から十行程度になっています(床本を集めたものなどでは五行程度のものが多いです)。
丸本(大半は半紙本です)は基本的に人形浄瑠璃の上演と不可分のもので、上演と同時に刊行されましたが、もちろん人気のあるものは何度も刷られました。奥付自体には刊行年が明記されていないことが多いのですが、後印であることが明きらかである場合以外は、巻末等にある上演年を出版年としてよいでしょう。巻頭(内題下)には、作者の名前がある場合のほか、太夫の名前や座元(ざもと)名が記されている場合もよくあります。また「巻」とあっても、それは基本的に「段」の別の言いかたにすぎませんので、書誌的巻数とは見なしません。
浄瑠璃本は、このようにかなり特徴のある形式をしていますので、ふつうの図書とはすこし別に考え、丸本か抜本か、半丁あたり何行かはつねに注記しておくのが望ましいでしょうし、内題下や題簽の記載もできるだけ転記しておいたほうがよいでしょう。また丸本の上演年は、現物になくても『日本古典籍総合目録データベース』などを確認して注記しておいたほうがよいかと思います。

現在目にする江戸時代の謡本や浄瑠璃本は、まさにお稽古ごとに使われたものが残っていることが多く、けっこう手垢にまみれた感じのものがありますし、書き入れがあることもよくあります。たいてい全体にではなく、ある部分にだけ書き入れがされているのがまたリアルな感じで、これらについては、アイテムレベルの注記として、「書き入れあり」などと記録しておいたほうがよいでしょう。
逆に節付記号は、NCRでは「説明する必要があるときは注記する」ということですので、必要と認められれば注記してよいですが、正直このジャンルの本であればあって当然のものですので、別にわざわざ注記しなくてもよいような気もします。

演劇・音曲関係の本としては、ほかに絵入根本(えいりねほん)というものがあります。これは、歌舞伎の台帳(脚本)を印刷刊行したもので、現代で言えば、テレビドラマのノベライズなんかと似たような性格のものと言えるかもしれません。存在が確認されているのは数十点でそんなに多くはありませんが、派手な色刷りによる名場面の挿絵や役者の口絵などが入っていたりするのが、いかにもミーハーな読者向けの感じでよいです。
また、謡本や浄瑠璃本は節付記号があっても邦楽譜とは見なしませんが、あまり目にはしないものの、三味線や琴などの楽譜そのものも出版されています。これらはもちろん、邦楽譜として、楽譜の規定を参照して記録するのが適切だろうと思います。

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