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2016年6月13日 アーカイブ

2016年6月13日

疑いの目で―和漢古書の出版事項(4)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回まで出版事項の情報源について見てきました。これらの情報源から、出版地・出版者・出版年を選定し記録するわけですが、実際のところ、そのことを正確に行うことは簡単なことではありません。というのは、和漢古書では、それらの情報源に存在する記載が、当該の本が実際に刷られたときのものではなく、それ以前のある時点での情報であることが非常に多いからです。
情報源どうしの間でまったく異なる内容の記載があることはざらですし、そしてそれらの諸情報のうちどれを以前の刊行時の情報と判断し、どれを当該の図書そのものの出版事項として採用するかについては、決まった規則は残念ながらありません。個々の本ごとに適切なものを選択するしかない、ということになります。

NCR87R3の2.4.0.4(古)には「(出版地,出版者と出版年との対応)和古書,漢籍については,出版地,出版者は,原則として,記録する出版年に対応するものを記録し,対応しないものは注記する。」とあります。これは現代書でも当然のことだと思いますが、わざわざこのように書いているのは、和漢古書では、以前の情報源を残していたり、変更のあったところのみ改めていたり、別の図書の情報源を流用したりしている場合が多いので、よくよく注意が必要だからなのでしょう。
簡単な例では、見返しや刊記には江戸時代の年号が記載されていても、奥付の出版者の住所が「東京府」「大阪府」となっていたり「○○区」などとなっていれば、その図書の出版年は確実に明治以降ですので、情報源にある江戸時代の年記を出版年として記録しては間違いです。このような場合、刊記や見返し、あるいは序跋などにある年は、かつて刊行された時点の、あるいはその本の中身が成立した時点の年ということになります。

こういうことが起こるのは、前回もちょっと書きましたが、刊記・奥付や見返し・扉というものが、後からいくらでも取り替えたり追加したりできるからであり、また版木というものは一部を彫り直すだけでずっと使いつづけることができるからです。
たとえば、「天保六年乙未孟春刊行」「書房 京都府平民 出雲寺文次郎 下京区三條通堺町西入」などとある奥付の書物があったりします。この場合、出版者は「出雲寺文次郎」でかまいませんが、出版年は「天保6」にしてはいけません。「京都府」「下京区」とかいう記載から明きらかなように、明治になってから、もとの奥付の出版者のところだけを彫り直して刷ったものです。こうしたものでは、年記のところと刷りの濃淡や字様(字の雰囲気)が違っていたり、字の配置が不自然になっていたりします(この例では、「書房」の上にもともと別の地名表記があった可能性が高いです)。

上記のように住所表示等から明治期のものと判断できたりするのはかなりわかりやすい例ですが、実際はそんな判然としたものばかりではありません。たとえば見返しに「××年新板」「○○堂刊行」といった記載がある本の場合、この「○○堂」が奥付の出版者と別の出版者の堂号であれば、この見返しは奥付と別の時点で作られたものということになります。かつて発行された際の見返しをそのまま残しているというパターンが多いですが、逆にもとの奥付を残したままこの本の発行時に見返しのほうを新たにつけたというケースもないわけではありません。
一方、「○○堂」というのが奥付に記載されている出版者の堂号だったりした場合、ではその出版者が××年に刊行したものということで間違いないかというと、そうは言い切れないことがあります。その出版者が昔のある時点で作成した見返しや奥付をそのまま流用していることもありますし、あるいは見返しの堂号あるいは年記のところだけ彫り直したりしている可能性もあったりするからです。ですので、そうした改刻などがないか版面などをよくチェックするとともに、序跋等の年と矛盾がないか、××年に別の出版者が刊行したという書誌や記録がないかなどをよくよく確認する必要があります。

これらの確認にあたって、前にあげた『近世書林板元總覽』には、それぞれの版元の活動年代の上限と下限、また住所の移転があった場合いつごろどのような順序で変遷しているかを、判明している範囲で記載していますので、非常に役に立ちます。また和刻本漢籍については、長澤規矩也氏の『和刻本漢籍分類目録』が医書・仏書を除き網羅的に整理していますので、参照が必須です。信頼できる機関の冊子目録やデータベースの記述も大いに参考になります。
ただ、各種目録やデータベースについては「信頼できる」機関のものでないと意味がないわけで、一見したところ立派な冊子目録や、非常に詳細な記述の書誌を作成している機関のものでも、こうした出版事項が間違いだらけということは残念ながら珍しくありません。『日本古典籍総合目録データベース』の「書誌一覧」でも、『漢籍データベース』の現代書以外のレコードでも、出版者と出版年の組み合わせや記述に問題があるものも、それなりの割合で存在します。
NACSIS-CAT(CiNii Books)の和漢古書のレコードなどでも、出版事項の記述に問題がないのはトータルで半数に届かないのではないかとひそかに思っています。経験的には、NOTE等の記述がアンバランスに詳細なレコードほどむしろあやしいと言えるように思います。むろん、詳細な注記でかつ出版事項等の記述も信頼できる機関もいくつもありますが。

経験の少ない人に和漢古書の書誌を作成してもらうと、どうしても情報源の記載をあるがままに出版事項として記録したり、参照したデータのとおりに書誌を作ってしまったりしがちなのですが、そういう素直さは和漢古書の世界ではあだとなります。現物を見るにも、各種参考資料を見るにしろ、とにかくストレートに信用せず疑いの目で見て、いろいろな可能性を考えなければなりません。実生活までそうしたいやーな性格に染まりはしないか、自らもいささか危惧していなくもありませんが・・・。

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