こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。
前々回と前回、和漢古書の出版事項の情報源について見てきましたが、今回はそれらで述べたもの以外について見てみましょう。
NCRで「刊記,奥付,見返し,扉」のつぎにあげられているのは版心(板心・柱)ですが、出版事項にあたるものが記されているのは版心下部であることが多いです。この位置にはシリーズ名や句読者の記載などがあることもありますが、いちばん多いのは出版に関連する情報で、上記の4つの情報源に記載がない場合、有力な情報源となりえます。
ただ、この版心は、後から取替えや彫り直しがいくらでもきく「刊記,奥付,見返し,扉」と、物理的な性格がいささか違っていますので、そのことをよく理解して扱わなければなりません。すなわち、版木の所有が転々とし、発行者(印行者)が次々に変わっていくということはしばしばあるのですが、版心に記載されている出版事項は当初の出版の際のもののままであることが多いです。また翻刻本の場合、版心にあるもとの出版者の記載を忠実に摸刻している場合もありますから、版心の記載を該当の図書の出版事項として採用しては不適当ということもままあるわけで、よくよく注意が必要です。
なお、ふるい時代の図書だと、版心に版刻職人の名前(刻工名)や工賃の情報などが記されていることがあります。それらから地域や時代が特定できたりしますので、そうした図書にあっては非常に重要な情報と言えます。が、和漢古書と言ってもそこまでの貴重書を手にする機会はそんなにはないと思いますので、とりあえず知識として知っていればじゅうぶんかと思います(これらをも摸刻しているものなどもあったりはしますが)。
NCRでつづいてあげられているのは「序,跋」で、上記の情報源に出版年の記載がない場合、それの代用としてこれらの年記を採用することが多いですが、これについては出版年のところで改めて見ることにしましょう。もちろん、跋文中に刊行の経緯が詳しく述べられているといったことも多く、それらから出版者を採用することもしばしばありますが、その場合はやはりいちおう補記の扱いとすべきでしょう。
「識語」は、もともとは漢籍の用語ですが、後人の書き入れのことで、それらから出版の経緯が判明することもあります。しかしここから得た情報は、扱いとしては同様に補記ということになるかと思います。
NCRに明記されているのは以上ですが、これ以外でも出版者の情報源として認識しておくべき箇所が2つあります。一つは巻頭で、もう一つは題簽です。
以前触れたことがありますが、巻頭に著者と並んで出版者の記載があることは、明末頃までの唐本でその例が多く(和本ではあまり例がないようです)、ここもやはり重要な情報源となります。ただし、「校刊」という役割表示は、「刊」とあっても出版者ではなく、責任表示の一種であることが多いということは前述しました。
題簽のほうは、これもちょっと触れたことがありますが、江戸時代の草双紙(くさぞうし)という通俗文学のジャンルの図書では、絵題簽(えだいせん)という絵入りの幅広のものが左肩に貼られていることが多く、ここに出版情報が載っていることがしばしばあります。といって、絵題簽自体はタイトルと絵がメインなので、出版関係の情報量は多いとは言えず、出版年は干支(えと)だけということもふつうですし、出版者名は略されたかたちであることがしばしばあります。「和泉屋市兵衛」が「泉市」、「西村屋與八」が「西與」、「鶴屋喜右衞門」が「鶴喜」などといった具合です。ご存知「蔦重」も「蔦屋重三郎」の略ですね。
さらには文字すらもなく、「版元商標」と呼ばれる出版者のマークがあるだけ、というケースも、これらのジャンルの本では結構あります。「蔦重」さんは蔦の葉のマーク、「鶴喜」さんは鶴のマーク、「西與」さんは三つ巴、「鱗形屋」さんは三つ鱗といった具合で、丸や山形、面高(おもだか)などと漢字一文字を組み合わせたものなども多くあります。これらの一覧は『近世書林板元總覽』の巻頭に載っているので確認できますし、さらに詳細には浮世絵研究の分野で網羅的な整理が進められています。
こうした版元商標は絵題簽にあるとは限らず、本体の巻末にあったり、序や本文の欄上にあったりしますが、その他の箇所に書肆名が明記されていなければ、出版者としては『板元總覽』で確認した名前を補記で記録し、「出版者は版元商標による」などと注記することになります。このような「本屋さんのマーク」は、ヨーロッパではよくありますが、前近代の中国や朝鮮半島などではほとんど見られないもので、意匠好きな日本人の特性と、江戸時代日本の商業出版の盛行ぶりを窺(うかが)うに足るものと言えるかと思います。