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「図書」と「史料」

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回の最後に「文書(もんじょ)」を「図書」の目録規則で整理するのはよろしくないということを書きました。現在、「文書」に代表される「史料」のデジタル化ということが大きなトレンドになっていますが、ここで「図書」と「史料」とについて、ちょっと概念を整理しておきたいと思います。

まず「図書」とは、不特定多数に読まれることを前提にした著作物・編纂物(刊行物・書写資料ともあり)を言います。これに対し、「文書」は、特定の相手宛てに書かれたもので、官公庁の公文書や手紙などが代表的なものです。特定の相手宛でない日記や個人的な備忘録(メモ)は「記録」になります。
「図書」「文書」「記録」これらを総称して「文献」documentsと言います(「文献」それ自体としては「文字に書かれたもの」という意味合いが強いです)。このうち、近世以前のものをそれぞれ「古書(古籍)」「古文書」「古記録」と言います。「古書」は「正統的なもの」「貴重なもの」という価値判断を含めて(古書=古本の意味で使われることもあるので)「古典籍」とも言い、以前書きましたが、うち日本人の著作を「和古書(国書)」、中国人の著作を「漢籍」と言います。

これらに対し、「史料」historical materialsというのは、研究者が歴史研究上価値があるとするすべての参考にしうる資源(「資料」materials)について用いられるもので、図書であろうと文書であろうと、その他図像・美術品・考古資料等もすべて含めることができます。紙(他の媒体も含みえますが)に文字で書かれたもののことは文献資料といい、「史料」は文献資料と非文献資料とに大別されます。
「図書」「文書」「記録」は実体として存在するものであるのに対し、「史料」はあくまでそれを歴史的資料として認定する人の観点・判断によって認定されるものであると言えます。「史料的価値」という言い方はありますが「図書的価値」「文書的価値」という言い方はない(観点云々にかかわらず図書は図書、文書は文書である)ということから、この関係が理解できるかと思います。

上記「文書」は基本的にすべて史料として扱われえますが、「図書」は必ずしもそうではありません。史料としての対象にならない古典籍はいくらでもあります(文学作品など、大半がそうです)。すなわち、「古典籍」(和漢古書)と「史料」は内容的に一致するものではまったくないのです。
内容的にずれるのみならず、対象に対する研究方法(すなわち「学」)も異なります。「図書」そのものを研究対象とする学問としては「書誌学(図書学)」bibliographyがあり、これは「文書」「記録」はほんらいその対象としません(なお、学問としての「書誌学」は分析的書誌学analytical bibliographyと呼ばれ、これと対比される列挙的書誌学enumerative bibliographyは、わたしたちが日常的に従事している「目録作成技法」であって、むろん「学」ではありません)。また、これとは全然別個に、西洋古典研究の学としての「文献学(古典学)」philologyというものがあります。
なお、「書誌学」も「文献学」も西洋の学問の訳語ですが、一方伝統中国の学問体系では、「図書」に関する学問として「目録学」「版本学」「校勘学」というものがあります。「目録学」とは著述の流別を明らかにしてその内容を研究するものであり、「版本学」とは著述の諸伝本そのもの及びそれらどうし関係を研究するものであり、「校勘学」とは諸伝本のテキストを比較対照してそのほんらいの姿を研究するものである、と定義できるかと思いますが、これらを総称して、中国ではこれをやはり「文献学」と呼称します。

話を戻しますと、「図書」に対する「書誌学」と同様に、「古文書」「古記録」を研究する学としては「古文書学」があります。これは、歴史学の一分野としての「史料学」historiographyに属するものですが、この「史料学」と「書誌学」では方法論がまったく違っています。いかに別ものかという一例として、以前書きましたが、「写本」という基本的タームがあります。書誌学では、この語は「出版物に対する書写資料」の意味で使われるのに対し、歴史学・国文学では「自筆本に対する転写本」の意味で使われるわけです。

日本の「史料整理」「文書整理」の現場では、NCRのような広く使われている統一的な規則はないようですが、といってだいたい共通した方式は存在するようであり、それは図書の目録規則とはやはり全然別のものです。たとえば「文書」では「宛先」というのがきわめて重要な項目になりますが、「図書」の整理の方法だとこれは宙に浮いてしまいます。
ということで、それぞれの対象はそれぞれに適した規格で整理してあげるというのが、資料そのものの利用されやすさという点で、まず最初の大前提とすべきことだろうと思います。ですので、図書館の片隅に古そうな資料が入った箱が積み重ねられている・・・といった情況があれば、それが「図書」のかたまりなのか「文書」のかたまりなのか、それを見極めることがまずは第一、ということになるかと思います。

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