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拓印本・双鉤本 ― 和漢古書の法帖の書誌(その3)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回、版を作製して印刷する「模刻」について述べました。こうした模刻の場合は、一般的には、刷りあがった紙が正しい向きになるよう、版のほうは左右を反転させて彫りますが、こうするとどうしても筆勢が殺され、原物の趣きが十全には伝わりません。そこで、版のほうに正文字を陰刻し、碑文から拓本を取る場合と同様の方法で摺り取った「正面刷り」の法帖も製作されました。こうしたものを「拓印本(たくいんぼん)」と呼んだりします。法帖類の中でも、ふつうの陰刻本(左り版)は普及品、拓印本(正面版)は特製本という位置づけになります。
なお、この拓印の手法は絵本類にも応用され、伊藤若冲などによる拓版(たくはん)のすぐれた作品が残されています。

通常の模刻にせよ拓印にせよ、最初の工程としては原本のとおりに版を作製するということが必要になりますが、近世以前において書蹟や拓本を原本のとおりに写し取るやり方としては、大きく2つの方法がありました。一つは原本を向こう側に、手前に別の紙を置いて、その紙に筆勢を意識しながら忠実に書き写すもので「臨(りん)」と言い、もうひとつは薄い紙を原本の上に置いて丁寧に写し取るもので「摹(も)」と言います。こうして臨摹した紙を版木や石の上に貼って彫りつけるなどして版を作製して印刷に付すわけですが、もちろん臨摹した写し自体も複製物の一種と言えます。
臨書による正確な複製は臨書者に相当高い技術が求められますし、原本を完璧に写し取るというのは、現実としてはなかなかむつかしいものがあります。これに対し、後者では「搨模(とうも)」と言って、細筆で文字の輪郭を写しとり、その中に裏から墨を塗るという技法が開発され、これは特段の技倆を要しませんので、広く用いられました。このやり方を「双鉤填墨(そうこうてんぼく)」と言います。書道手本の中には、文字の輪郭線を正確に示すためにか、中を墨で填(うず)めないまま完成としているものもあり、これは「双鉤本」とでも注記しておくべきでしょう(時に、朱筆や藍筆で中を填めている場合もあります)。

書の手本とすべきものとして複製の対象となるものは、刻石や碑文の拓本なり王羲之(おう・ぎし)をはじめとする名人大家の書蹟なりですが、両者を総称して「碑帖(ひじょう)」と称することもあります。そもそも碑と帖というのはまったく別の性質のもので、前々回に触れた長尾雨山氏の講演によれば、「述徳崇聖(じゅつとくすうせい)」「銘功(めいこう)」「紀事(きじ)」「纂言(さんげん)」の四通りのいずれかの目的で文章を石に刻して建てたものが碑、古人が白い布(帛)や紙に、手紙のようなものをはじめとしてその他何にかかわらず書きつけておいたものが帖、ということになります。
ほんらいは、前者(碑版(ひはん))を拓本にとったもののことを「碑帖」、後者を模写したもののことを「法帖」という具合に、二者択一の限定的な意味でこれらのタームは用いられていました。ですが、オリジナルが碑文か書蹟かが異なるだけで、その後の複製の制作過程が基本的に同じということから、両者を同一視して「碑帖」を広義の「法帖」に含めたり、「碑版法帖」を略して「碑帖」と言う、といった説明がされることもあります。このあたりは例によってちょっと錯綜していますね。
ついでに言えば、長澤規矩也氏の『図書学辞典』には、「石摺本(いしずりぼん)」という項目があって、「拓本をまとめて本の形(多く帖装本)にしたもの。石本(せきほん)。搨本(とうほん)。打本(だほん)。」(p49)という説明がされていますが、中野三敏氏によれば「木版に応用した場合も、この用語をそのまま用いて、普通に「石刷り」とよぶことが多かった」(『和本のすすめ』(岩波書店2011)p109)ということであり、また近代の石版印刷(石印)ともまぎらわしいので、あえて使用しないほうが安心安全でしょう。「石碑の石摺又はその覆製を本にしたもの。」と説明されている「碑本(ひほん)」というタームも同様かと思います。

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