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法帖の製作者・出版者 ― 和漢古書の法帖の書誌(その5)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回の最後で、書者の作品・自筆資料と見るか、書者の書写資料と見るか、見方によって製作者の解釈が変わってくる、ということを書きました。最後に、この製作者・出版者の問題について考えてみたいと思います。

前回、テキストの作者と作品としての「書」の作者との関係について見ましたが、作品としての「書」が成立してから、さまざまなメディアに媒体変換されていく過程において、それぞれの段階での「製作者」というものが存在します。たとえば、能書家の手蹟を刻した碑文が模刻による法帖として世に出されるまでを考えてみましょう。
まずオリジナルの書を紙に書いた時点では、製作者=書者自身であり、書した時が製作年ということになります。
それをもとにを作成するのには、まず紙の裏から字の周りに朱で輪郭を取って、その紙を石に貼りつけ、朱を叩きつけてそのとおりに石を彫っていきます。これを「摹勒(もろく)」と言いますが、古い時代には書者が石の上に直接朱筆で字を書いたということで、これを「書丹(しょたん)」と言います。こうして字を刻し終わって碑を建てたところで、このメディアにおいては碑を建てた人が製作者、建てた時が製作年ということになります。
この石碑から拓本がとられます。ここで紙への媒体変換が行われ、拓本をとった人が製作者、採拓した時が製作年ということになります。ただし、剪装本にした場合は、そこでまたその体裁にした人が製作者、そうした時が製作年ということになるでしょう。いずれにしろ、出版者・出版年ではありません。
この拓本から石や木に原拓通りの字を彫りつけた版が作製され、拓印なり通常の印刷なりの手法で法帖が作成され出版されます。これ以降はその他の図書の場合と同じで、二度も三度も改刻されて出されたり、いろいろな人の書蹟のコレクション(集帖(しゅうじょう))の一部になったりしていきます。ちなみに、清代中期には、南北朝時代(5~6世紀)の書について、こうした改刻をくりかえしている帖は信用ならず、当時の書の面目を知るうえにおいては残されている碑に由らねばならないとする「北碑南帖論」が提唱されました。

これらの過程において、書者や一部の撰文者はどのメディアにおいても責任表示として記録されるでしょうが、前の段階の媒体の製作にかかわった人も、必要があれば何らかのかたちで記録する必要があるかと思います。基本的には注記としておかざるをえないかなと思いますが、摹勒者や採拓者は、後の段階のメディアでは書者と並んで表示されていたりすることもよくあり、そうした場合は責任表示として著録してもよいケースもあるかもしれません。
ただ、「摹勒」とか「刻石」とかは、最初の碑を製造した段階において使われるだけでなく、最後の出版の段階においても、「刊行」を言い換えたちょっと気取ったタームとして使われていることもよくありますので、注意しておかないと混乱するかもしれません。明から清にかけての中国、あるいは江戸時代の日本では、法帖の商業出版は盛んに行われましたが、伝来のあやしいものも多く、能筆の名を騙った「僞帖(ぎじょう)」も数多く製作されています。
和本の場合、通常の図書のような奥付がつけられているのはむしろ少数派で、出版事項がすべて不明になってしまうケースも多いです。なお、拓印は広義の拓本ということにはなりますので、したがって「拓本」と注記されている資料について、製作者を記録しているものと出版者を記録しているものの二種類が並存することになってもおかしくはありません。

以上見てきたような、書道手本の「作品」としての成立内容と媒体変換の重層性は、一見したところ、著作-表現形-体現形-個別資料という、FRBRの階層性に類したものがあるようにも感じられます。しかしながら、東京大学アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門(U-PARL)の成田健太郎氏は、法帖の書誌について各種メタデータを検討し独自のフォーマットを提示した「碑帖拓本資料のデジタル公開における書誌記述の実践」(2018)という論文で、「FRBRはやはり新書に対する書誌記述を前提としたモデルであって、碑帖拓本にあっては、バージョンが成立するとほぼ同時に多部数採拓され、統一した装訂が施され、整った責任表示が与えられているという事態はむしろ例外的である以上、そのまま適用しがたいという結論に至った」と書いており、実際その通りであろうと思います。東洋におけるこの「書」という一群の資料の属性は、いろいろ興味深い要素を有しているように思いますが、FRBRの考え方などを構築するにあたっては、これらにじゅうぶんに目配りされていたようには思えない、というのが正直なところです。

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