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2019年3月11日 アーカイブ

2019年3月11日

蔵書印か否か-アイテムレベルの注記(1)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

以前述べたとおり、NCRの規定では体現形レベルの注記とアイテムレベルの注記が混在していますが、今回からアイテムレベルの注記について見ていきたいと思います。これらは現代書では、記録するとすれば登録番号や請求記号などと同じくローカル情報として記録され、書誌記述としては記録されませんが、基本的に「一点もの」として扱われる和漢古書においては、重要な情報として書誌中に記録されます。

アイテムレベルの注記として、和漢古書において最も特徴的といえるのは、蔵書印についての注記でしょう。蔵書印自体は、もちろん現代書でもしばしば捺されていますが、その情報を書誌中に記録することは、現代書ではありません。
蔵書印は基本的にはもちろんその図書を持っていた旧蔵者が捺すもので、姓名や号、あるいは「字曰○○」(字(あざな)を○○という)などとあるのが一番直截なものと言えます。もちろん、「○○所藏」(「藏」はよく減筆して「臧」と刻されています)「○○之印」とかいったものがスタンダードですし、「○○清玩」とか「○○珍賞」とかいったものもよく見ます。鑑定をお願いされた著名人が「~審定」「~閲過」「~過眼」といった印を鈐(けん)している場合も時々あります。
もっとも中にはへんなひともいて、明治初年の寺田望南(てらだ・ぼうなん)というひとは、他人から借りた本や書店が見本として置いていった本にまで自分の印を捺しまくるという行為をやらかしています。このひとの「讀杜艸堂」という印記はたいへんよく見るのですが、そういう事情ですので、大蔵書家の蔵書があちこちに散逸しているというわけではありません。

ある蔵書家の蔵書を一括して受け入れた場合、寄贈したがわが寄贈印を、購入・受け入れしたがわが受入印を捺している場合もあります。こうしたもので「○○文庫」「○○藏書」などという文言のものは、厳密に言うと蔵書印ではないのですが、通常の蔵書印と同様に扱ってよいかと思います(日付や番号が入れてあるものは、ふつうローカル情報として処理するかとは思いますが)。
巖松堂や達摩屋五一といった古書店が捺したものも同様に蔵書印として記録してよいかと思います。ただ、裏見返しの裏などに捺してある認印のようなものは、さすがにふつうは蔵書印とはしません。
また、小説の類だと貸本屋の印が捺されていることもよくあります。又貸しはするなとか唾をつけてめくるなとかいった注意書きの文章になっていたりすることもありますが、これらも蔵書印として記録するか、ちょっと微妙な場合もあります。ほんとうの蔵書印の記録とは別に、「貸本屋印8印あり」などといった具合に記録するのでもよいかもしれません。

蔵書印として記録しては絶対にいけないのは、版元が捺している蔵版印です。見返しや刊記に押されている蔵版印を蔵書印記として記録してしまっている書誌が時々ありますが、これはアイテムレベルで存在しているものではなく、体現形レベルで存在するものであるわけですから、「出版にかんする注記」として記録しなければなりません。写本で、自筆の序跋や奥書の末尾などに捺されているものも蔵書印ということにはなりません。

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