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2020年7月13日

和漢古書あれこれ ― 暦(こよみ)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

以前、和漢古書の出版地で伊勢の山田のことを取り上げた際、暦や神道関係の出版物が多かったと書きました。江戸時代を通じて、山田で出された「伊勢暦」は最も広く流通した暦で、明治以降の神宮司庁刊行による「神宮暦」に引き継がれます(なお、今日も書店でよく見る「神宮館高島暦」は明治41年創業の東京の会社によるものです)。
「伊勢暦」以外にも全国各地で暦の出版は行われており、「京暦」のほか「江戸暦」「南都暦」「仙台暦」等々があります。伊勢暦はすべて折本形式ですが、他の地方暦には一枚物・畳物や冊子に仕立てられたものもあり、冊子では綴葉装のかたちで綴じられたものもわりと目にします。量的にはかなり厖大に残っており、古書店などで、数百円でふつうに手に入れることができます。

江戸時代の暦はもちろん太陰太陽暦ですが、260余年の間に何度か改暦が行われています。最初の改暦は貞享2年(1685)のことで、誤差が著しくなっていた古代以来の中国の宣明暦(せんみょうれき)が廃され、幕府の碁方の二世安井算哲(やすい・さんてつ)が自身の観測にもとづいて編纂した「大和暦」が採用されました。算哲は幕府の初代天文方に任命され、渋川春海(しぶかわ・はるみ)と改名しています。この後、宝暦5年(1755)・寛政10年(1798)・天保15年(1844)と暦法が改められ、維新後の明治5年(1873)に太陽暦(グレゴリオ暦)が採用されて今日に至っています。
改暦後のそれぞれの年の暦は「元禄四年かのとのひつしの貞享暦」「天明五年きのとのみの寶暦甲戌元暦」「文化三年ひのえとらの寛政暦」「慶應四年つちのえたつの天保壬寅元暦」といったタイトルを有しており、そのように記録します。すなわち「~寶暦甲戌元暦」「~天保壬寅元暦」は、宝暦4年(甲戌)・天保13年(壬寅)の暦ではなく、その年に採用が決定した暦法によるものだということを示しています。
これらの書名は、基本的に巻頭に頒行者とともに記されていますが、表紙や題簽に「慶應四戊辰暦」といったわかりやすい書名がつけられていることもあります。なお出版年は、基本的に巻末に「〇〇年出」と当該の年の前の年が記されていますので、それを採用すればよいでしょう。

中国でも辛亥革命まで太陰太陽暦が使われており、明代には「授時暦(大統暦)」、清代には「時憲暦」という暦法が用いられました。後者はイエズス会宣教師のアダム・シャール(湯若望)の手によるものですが、乾隆年間以降は乾隆帝の諱「弘暦」を避けて『大淸同治七年歲次戊辰時憲書』といった具合に「時憲書」と称されました。なお、20世紀の満洲国でも、(さすがに当然太陽暦を採用しているのですが)毎年「時憲書」を公刊しており、わたしたちが図書館等で目にする線装の中国の暦書としては、実のところこれがいちばん多いかもしれません。

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