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2020年7月27日

和漢古書あれこれ ― 公家鑑

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回、武鑑という江戸時代の名鑑について取り上げました。武鑑は名前のとおり武家の名鑑ですが、お公家さんバージョンの名鑑も存在します。江戸中期から『公家鑑(くげかがみ)』といったタイトルのものがいくつか刊行されていますが、よく目にするものとしては『雲上明鑑(うんじょうめいかん)』および『雲上明覧大全(うんじょうめいらんたいぜん)』という書物があります。
前者はもともと貞享年間に出されたものを宝暦8年(1758)に速水房常(はやみ・ふさつね)というひとが校訂して2冊本として刊行したもので、以降幕末まで何度か版を重ねています。発行者は、当初は前回触れた京都の出雲寺和泉掾でしたが、最終的に東本願寺が板株を獲得しています。
後者のほうは西本願寺が編集刊行したもので、京都の竹原好兵衛という書店から出されています。初めて編まれたのは天保8年(1837)、江戸もだいぶ押し詰まってきてからのことになりますが、幕末までこちらも毎年刊行されています。二者が並んで発行されたのは、東西両本願寺の対抗関係が背景にあったようです。
形態的には、両者とも基本的に上下2冊の小本で、表紙の色なども武鑑とよく似ています。内容は、皇族・公家・門跡などの系図・官位・紋所・禄高などを記載していますが、武鑑が多くの情報を細かい紙面割りをして記述しているのに比べると、基本的に界線はなく、系図的な記述が中心です。大名と違ってお公家さんには行列をするような財力も義務もありませんので、まさに人名録・住所録としてのニーズに応じたものと言えそうです。
これらの武鑑や公家鑑は、明治期に入ると、官員録・職員録といったものに引き継がれていきます。

漢籍では、武鑑や公家鑑に相当するような資料としては、18世紀以降、『大清搢紳全書(だいしんしんしんぜんしょ)』という名鑑が刊行されており、同治・光緒頃のものは時々目にすることもありますが、武鑑ほどポピュラーなものでもありません。
人名録的なもので中国や朝鮮半島でむしろ特徴的なのは、官僚を登用するために行われた試験である科挙(かきょ)関係の資料です。科挙の詳細については宮崎市定氏の著書などがくわしいですが、漢籍の整理をしていると、『同治七年戊辰科重訂會試同年齒録』とか『光緒二十年擧行甲午正科貴州鄉試題名録』とかいった資料に出くわすことが時たまあります(四部分類では「史部・政書類・科擧學校之屬」になります)。要するに科挙合格者のWho's whoで、ヴィジュアル的要素はいっさいありませんが、とにかく誰がいつの科挙に合格したのか、ということが伝統中国の知識人の大関心事だったことが、こうした資料の存在からよくわかります。

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