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2021年9月 3日 アーカイブ

2021年9月 3日

胡蝶装と包背装

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回見たように、谷折りして重ねた紙の折り目を背に糊付けしたものについて、中野三敏氏は、「包背装仕立て」と呼んでいます。ところが、『日本古典籍書誌学辞典』の「胡蝶装」の項には、「なお中国の蝴蝶装は、印刷面(表のみ印刷)を見開きに見て二つ折りにした料紙の背を糊で綴じたもの(料紙がきわめて薄いために可能となる)で、日本の粘葉装とは異なる、という見解がある」(p222)という記述があり、ここで言われている「中国の蝴蝶装」こそが、中野氏のあげている「包背装仕立て」の例と一致するように思われます(なお、「胡蝶」を「蝴蝶」と書くのは後代になってからの俗字です)。

「胡蝶装」については、以前見たように、谷折りした「のど」の部分どうしを糊付けして貼り合わせた「粘葉装」の異称とするのが一般的で、「折られた料紙の内側の面にあたる頁は水平まで開けるが、糊で貼り合わせた各料紙の外側にあたる頁は、頁の背に近い部分が糊代の分だけ貼り合わさっていて開かない。これを蝶が羽を広げた様子に見立てて胡蝶装の名がある。」(杉浦克己著『書誌学・古文書学』(放送大学教育振興会1994)p46)などと説明されます。しかし、蝶が羽を広げてとまったようだからそのように呼ぶのだというのは、「胡蝶装」を日本の「列帖装」の別称とする立場でも言われ、遠藤諦之輔著『古文書修補六十年』(汲古書院1987)では、「それぞれの帖を二つ折りにして綴じると、一番内側になる部分は折り目まで開いて蝶が羽を広げた形に似、そうでない部分は羽を閉じた形に似ることからつけられたもの」(p192-193)と説明されています
では、中国ではどのように説明されているかというと、陳国慶著(沢谷昭次訳)『漢籍版本入門』(汲古書院1984)には、「この装訂方法は、書口と書口とをくっつけ、外側の表紙としては硬い紙を用いて包みこみ、紙訂(こより)を用いずに糊うちして書背に固めつけ、版心を内側に向け、外枠は外側に向かうようにする。閲覧していくときは、ちょうど蝶の羽が開くのと同じような形になるので、蝴蝶装という名称が生まれたのである。」(p167)とあり、すなわち書口(版心)で谷折りにし、それを背に糊付けしたものということになります。同じ蝶のイメージということでもその指し示す実態はかくのごとく異なるので、やはりイメージだけで語るのはいろいろ誤解を生じるものだなと、改めて実感させられるところです。
ただ、伝統的な東アジアの学芸世界において、「胡蝶」というワードでまず想起されるのは、『荘子』の「荘周、夢ニ胡蝶ト為ル。栩栩然トシテ胡蝶也」(荘周は夢のなかで蝶になった。ひらひらと飛んでいて蝶そのものであった)という「胡蝶の夢」の一節のイメージだろうと思われます。ですので、丁を繰るときに印刷面と裏面とが交互に出てくるのが、飛んでいる蝶の羽がひるがえる様に似ている、というのがほんらいの由来だったとするのが妥当であり、「粘葉装」や「列帖装」の別称としての説明のほうは後付けの気味があります。ということで、この「胡蝶装(蝴蝶装)」というタームは、やはり中国のもの(唐本)に限定して用いるとしたほうがよさそうです。

ちなみに、「包背装」も、日本と中国で微妙に意味内容が違うところがあります。『日本古典籍書誌学辞典』の「包背装」の項では、「袋綴じまたは糸や紙捻で仮綴じしたもの、あるいは折帖などを、一枚の表紙で、表・背・裏をくるみ、背の部分を糊付けにしたもの」(p520)とあります。これに対し、『漢籍版本入門』では、「この装訂の方法は、版心のところで折りたたみ、書口を外へ向け、背後を表紙で包みこみ、書脳(綴じ目の余白部分)を外に出さないやり方である。これが線装と同じでないところは、孔をあけて綴じ糸でくくらないというだけのことである」(p169)としています。すなわち、中国では、糸綴じをせずに、山折りした紙の端を背に糊付けしたものを「包背装」と呼ぶのです。谷折りしたのどを背に糊付けする「胡蝶装」とは、ちょうど真逆のつけ方ということになりますね。
中国では、「包背装」と「胡蝶装」は、もとよりこのようにわかりやすくはっきりと区別されるものですので、日本のような呼称の混乱は生じていません。一方、日本では、「胡蝶装」は相異なる装丁の別称とされて「同名異装」という事態が生じていましたので、このタームを使うのを控えたほうがよいですし、「包背装」(くるみ表紙)のほうも、独立した装丁とするより、「仮綴じの包背装仕立て」「粘葉装の包背装仕立て」といったぐあいに使用したほうがよいのではないかと思います。

なお、「のど」(書脳)について念のため補足しておくと、『辞典』では「書物を見開きにした際の中央、すなわち綴じ目に近い部分の余白の名称」(p453)としています。すなわち冊子にした時に背に近いがわにあるのが「のど」であって、線装・中国の包背装の場合は紙の端が、列帖装・粘葉装・中国の胡蝶装の場合は紙の中央がそれにあたるということになります。一方、「版心」(書口)は定義の仕方がある意味逆で、つねに紙の中央のことを指し、線装・中国の包背装の場合は背の反対がわに、列帖装・粘葉装・中国の胡蝶装の場合は背のがわに位置する、ということになります。

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