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2023年12月 1日

和漢古書あれこれ ― 印譜

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

夏に載せた記事で書道手本について見てきましたが、近いジャンルのものとして、蔵書印・落款印などの印影を収めた「印譜(いんぷ)」があります。漢籍の四部分類では、「子部・藝術類・篆刻之屬」に分類されます。「〇〇印譜」というほか、「〇〇印存」「〇〇印賞」とかいったタイトルのものもよくあります。

印譜は著名人のものですと、版を起こして二色刷りした刊行物である場合もありますが、篆刻を趣味とする個人が印影を自分で製本したものもよくあります。もとよりこうしたものは不特定多数を相手にした出版物ではありませんが、といって書写資料でもありませんので、出版事項には「製作地不明」「製作年不明」などと記すことになります。また、鈔刻事項としては「鈐本(けんぽん)」と注記します(「鈐」は押印の意)。
印譜においては「ハンコを彫った人」が作成者creatorとなりますので、「篆」とか「刀」とかいうのが役割表示になります。「刻」「鐫」「摹」といった語が用いられることもありますが、これらは「きざむ」ということで版木の彫刻者=出版者にも使われることがある文字ですので、混同しないよう注意しましょう。得てして本名でなく雅号が記されていることが多いですので、できるだけきちんと正体を調べなければなりません。もちろん、多数の人の印影を集めたものといったものの場合は、編者・輯者がいることもあります。
形態としては、刊行物の場合はふつうの冊子体のものもありますが、個人製作のものはやはり折本(両面折帖仕立のものを含む)のものが多いようです。いずれにしろ趣味全開のものですので、特別にあつらえたかなり凝った用箋を用いている場合などもあります。

ちなみに、蔵書印については以前、国文学研究資料館の「蔵書印データベース」を紹介しましたが、その後2020年3月には「篆字部首検索システム(正式版)」が公開されました。2023年3月には、これらは人文情報学研究所の「蔵書印ツールコレクション」に引き継がれています。この「蔵書印ツールコレクション」のメインコンテンツは、画像から篆字を検索できるという「篆字画像検索(AI篆字認識)」で、奈良文化財研究所・東京大学史料編纂所の「木簡・くずし字解読システム」(2017年~)において崩し字で実現されていたのと同様に、一文字単位での篆書の解読ができます。現段階では、朱文(陽刻)一文字分にしか対応していないなど、まだふじゅうぶんなところもありますが、そういったあたりはきっとすぐ改善されていくことでしょう。願わくば、精度のよい篆書版の手書きパッドなどもネット上で整備されていくと、とてもありがたいですね。

和漢古書において、公開者publisherが「出版者」でも「書写者」でもなく「製作者」になるものとしては、この印譜や拓本のほか、御朱印帖の類などがあります。現代でもちょっとしたブームになっていますが、寺社の参詣は江戸時代の庶民の娯楽として広く行われたいうことはしばしば見聞きするところで、集印帳や納経帳といったものが図書館の蔵書に紛れ込んでいることが時たまあります。現代のものは折本(画帖仕立)のものが多いようですが、江戸時代のものは基本的に冊子の帳面であるようです。朱印が捺されたり墨書が記されたりしているほか、御札(おふだ)などを貼り込んでいる場合もあります。
各種切り抜きを貼り込んだものとしては、商品の見本帖の類などもあります。古書整理の現場でそんなにしょっちゅう出くわすものでもありませんが、文様や図案のサンプルとして型紙や布地などを貼り込んだ帳面や冊子などを目にすると、当時の豊かな文化的・経済的活動の一端をうかがい知ることができるように感じられます。

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