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和漢古書あれこれ ―絵図

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回各種の「番付」について書きましたが、「一枚物」「畳物」全体では、大多数を占めるのはやはり絵画や地図などのヴィジュアル資料です。こうしたものとしては、境界線はあいまいな部分もありますが、芸術作品としての肉筆画や木版画などの「絵画」がある一方、そうしたものでない実用的な資料も数多くあり、それらは「絵図」と称されます。奇想の画家・曽我蕭白(そが・しょうはく)は、写生画の大家・円山応挙(まるやま・おうきょ)のことを罵倒して、「画を望まば我に乞うべし、絵図を求めんとならば円山主水(もんど)よかるべし」と言い放ったそうですが、社会的に両者がはっきり異なる価値を有するものと意識されていたからこその発言と言えそうです。

「絵図」としては、地理的な内容を示す地図が代表的ですが、地図以外にも建築物の構造を示した平面図(「指図(さしず)」)や、いろいろな器具や動植物、人体や事件の様子などを描いた図版などもあります。これらはもとより地図ではありませんし、城郭図や寺社の境内図なども地図とはしないほうがよいように思います。一方、鳥瞰図は地図の一種ということにはなるとは思いますが、鍬形蕙斎(くわがた・けいさい)や歌川貞秀(うたがわ・さだひで)といった著名な浮世絵師が製作していることもままあり、そうしたものはむしろ絵画作品として扱ったほうがよい場合もあるかと思います。
もちろん、こうした内容を冊子体にしたものも多数あり、それらは「図帳(ずちょう)」と称されたりします(絵画集の場合は「画帖」)。それらはふつうの図書と同じように書誌を作成し、「おもに図版」などと注記することになります。他方、絵画や書跡などを掛軸に仕立てた「軸物(じくもの)」もありますが、これについては、目録規則上は「博物資料」として扱うことになっているかと思います。

「絵図」をひっくり返した「図絵」という文言がタイトルに含まれている資料もあります。単純に字順を変えただけで「絵図」と置き換えたところで一向さしつかえない場合も多いですが、「図会(ずえ)」という文言の軽微な表記違いであるケースもよくあります。
「図会」とか「図彙(ずい)」とかというのは、内容を説明するのに挿絵を多く含んだ本のことを言い、「会」「彙」はともに「あつめる」という意味になります。『訓蒙圖彙』『和漢三才圖會』といった絵入り百科事典のことは以前に触れましたが、「訓蒙(きんもう)」というのは「童蒙(子ども)を訓(おし)えるもの」ということで、こうしたヴィジュアルを多めにしたものは、子ども向けの往来物などでしばしば目にします。
また、江戸後期には「名所図会」という一群の書物が多数作られました。これは挿絵をたくさん入れた、地名・名所・寺社などの沿革を説明した通俗地誌で、安永9年(1780)の秋里籬島(あきさと・りとう)著・竹原春朝斎(たけはら・しゅんちょうさい)画の『都名所圖會(みやこめいしょずえ)』6巻11冊の大ヒット以降、柳の下のドジョウを何匹もあてこんだ各書肆によって、全国各地の「〇〇名所図会」が続々と刊行されました。ことに天保7年(1836)刊の斎藤月岑(さいとう・げっしん)著・長谷川雪旦(はせがわ・せったん)画の『江戸名所圖會』7巻20冊は充実した内容で知られています。
このジャンルの本の特徴としては、サイズは大本のりっぱなものが多く、また「のど」の書名がしっかり記されていることがわりとよくあるといったことのほか、以前触れましたが、巻の目録と本文が一体化しているのがお約束のスタイルになっているといった点があげられるかと思います。

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