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2016年7月11日 アーカイブ

2016年7月11日

日本の洛陽、中国の京都―和漢古書の出版事項(7)

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回まで、出版事項の情報源と「刊印修」にかんすることを書いてきました。今回からは、出版事項として記録する出版地・出版者・出版年について、それぞれ注意すべきことを見ていきましょう。

和漢古書の出版地は、原則としてはもちろん情報源にある出版地を記録すればいいわけですが、注意すべき点がふたつあります。ひとつは出版地の呼称が非常にバラエティに富んでいること、もうひとつは情報源に都市名が記載されていないことが多いことです。
江戸時代の出版の中心は、前期(17世紀)は京都ですが、中期(18世紀)から後期(19世紀)は江戸や大坂にも広がり、とくに後期には江戸の出版者をメインに三都(江戸・京・大坂)の出版者による共同出版のかたちが多くなります。ということで、出版地として記録するのはこの三都であることが大多数なのですが、地名の表記のされかたとしては「江戸・京・大坂」以外にも非常にいろいろな書きかたがあります。
主なものを見ていくと、江戸は「荏土,江都,江府,東都,東京,東亰,東武,武都,武陽,武江,武州」、京は「京都,平安,京師,京城,西京,西亰,神京,皇京,皇都,帝都,帝畿,京洛,洛下,洛陽,洛澨,華洛,京兆,雍州,城州」、大坂は「大阪,浪華,浪花,浪速,難波,阪府,摂府,摂都,摂陽,摂江,摂州」といったものがあげられます。
ちなみに、情報源に「東都書肆」とか「浪花書林」とかあったら、それは「江戸の本屋」「大坂の本屋」ということを言っているのであって、そういう名前の出版者がいるわけではありません。オンラインデータベース等で、時々「東都書林」とか「平安城書林」とかが「出版者」としてヒットしてしまうのですが、かなりみっともないですので注意しましょう。

これらの別称は見ての通り、中国ふうに呼んだものが多く、修姓などと通じる中華気取りが感じられます。三都以外にも名古屋を「尾陽」、和歌山を「紀陽」、金沢を「加陽」などと呼んでいる例もよく見ます。ほんらいは「山の南・川の北」を「~陽」、「山の北・川の南」を「~陰」と言うはずなのですが、地形と関係なく、全部「~陽」となっているのはご愛嬌です(気持ちはなんとなくわかるような)。
いちばんバラエティに富んでいるのは上記の通り京都ですが、「洛陽」というと中国にも同じ地名がありますので、注意が必要です。この別称はもちろん、古代から何度もみやこになっていた本家中国の「洛陽」から取ったもので、「洛中洛外図」とか「上洛」とかの「洛」ですね。中国では宋代以来洛陽は衰微しましたので、和漢古書の出版地として目にする「洛陽」は、まず例外なく日本の京都のことです。
逆に、そもそも「京都」というと「みやこ」という意味の普通名詞でもあるので、中国や朝鮮半島でもその意味で使われていることがしばしばあります。「京都瑠璃廠蔵版」などという封面の記述を見たら、この京都は当然「北京」のことで、まちがっても出版国=日本としたりしてはいけません。

なお、明治以降に刷られたもので「江戸」とあるものはさすがにほぼありませんが、「大坂」という表記は明治以降のものでもよく目にします。「東京」とか「西京」とかあれば、明治期以降のものである蓋然性は高くはなり、もともと「江戸」とあったところが明治後に埋め木されて「東京」となっている奥付などもよく目にします。
「亰」という異体字も、江戸時代から使われていますが、よく使われるのは明治以降です。ただ、「東京」とか「大阪」とかいう表記も江戸時代からちゃんとありはしますので、地名の表記がこうなっているからと言って、それが明治以降のものだという決定的な証拠にはなりえません。

漢籍(唐本)の場合、注意する必要があるのは、情報源に見られる地名が必ずしも出版地とは限らず、出版者の本籍地(籍貫)である場合がしばしばあることです。たとえば「光緒甲申春三月邵武徐氏開雕」などとあった場合、出版地=邵武、出版者=徐氏とするのは適切ではなく、「邵武徐氏」を出版者とし、出版地は不明とするほうがよいのです。
ひとつ明確な例をあげると、明治時代に公使として来日していた黎庶昌(れい・しょしょう)というひとが、中国でははやくに失われ日本にだけ残っていた漢籍の善本をあつめて刊行した『古逸叢書』(こいつそうしょ)という叢書がありますが、これの封面裏には「光緒十年甲申遵義黎氏刊于日本東京使署」とあります。光緒10年という年に「遵義を本籍とする黎氏」が「東京の駐日公使館」において刊行した、ということです(「于~」「於~」は「~ニオイテ」と訓じます)。
ただ、人名の上に冠せられている地名を出版地としては絶対にダメ、というわけでは必ずしもなく、上海や広州などで営利出版をしていた出版者の場合や、そのひとや一族の家塾で刊行したものなどの場合は、そうした地名を出版地扱いしてもさしつかえない、と言ってよいケースもあります。

なお、中国の地名は時代によって何度も変わっていることが多く、また歴史的経緯による美称を有することもあり、たとえば「南京」「江寧」「金陵」はみな同じ都市を指します。また「湖北」「廣東」など、省全体を指すとともに、省会(省の中心地)を指す場合などもあるようです。

今回はここまでとし、最初にあげた都市名の不記載の件については次回にまわしたいと思います。

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