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和漢古書あれこれ ― 女子用往来

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

前回とりあげた往来物ですが、女性向けのものも数多くあります。これらは「女子用往来」と総称されます。
著名なものとしては、前述の「今川状」に擬して書かれた『女今川』 や、貝原益軒(かいばら・えきけん)の『和俗童子訓』から抄録編集した『女大學』などの教訓書があります。これらのほかにも、『女諸礼集』『女重宝記』といった礼法書や、『女消息往来』『女用文章』といった手紙文例集などが数多く出されました。「女筆手本類」と称される、散らし書きなどの独特の形式の書道手本も数多く残っています。
また、『小倉百人一首』も基本的に女子用往来として刊行され、江戸期を通じて千種以上の版本があると言います。内題は無いことも多いですが、おなじみのカルタの絵札の図柄に頭書を付した50丁の冊子などはしばしば目にするところです。

女子用往来の早い時期のものとして、明暦2年(1656)刊の辻原元甫(つじはら・げんぽ)著『女四書(おんなししょ)』という図書があります。これは、明末に儒教の四書にならって編まれた『女四書(じょししょ)』という漢籍(子部・儒家類・家訓勸學郷約之屬)の翻訳翻案で、『女誡』『女孝經』『女論語』『大明仁孝皇后内訓』という4篇の女性向けの教訓書から構成されています(原本の漢籍では『女孝經』の代わりに『女範』という作品が入っています)。
このうち『女誡』は、後漢初の班昭(はん・しょう)という女性の著作ですが、このひとは『漢書』の撰者として著名な班固(はん・こ)の妹で、兄の獄死後に、未完成だった『漢書』を続修した才女として知られています。この班昭(曹氏に嫁いだので曹大家(そう・たいこ)とも称せられます)の伝記は、『後漢書』の「列女伝」に載せられていますが、そこにはこの『女誡』も全文が収録されています。

なお、「列女伝」としては、歴代の中国正史の列伝の一篇というだけではなく、独立した著作である、前漢末の劉向(りゅう・きょう)による『列女傳』7巻という作品もあります(史部・傳記類・雜傳之屬)。これは、太古から先秦にかけての賢母・烈婦などの伝記104話を集めたもので、こちらも東アジア世界で女子教育に広く用いられました。後代いろいろなひとによる『列女傳』が編まれましたので、劉向のものをとくに『古列女傳』とも称します。いずれにしろ、『烈女伝』ではありませんのでご注意を。
和刻本としては、17世紀半ばの承應年間に、『新刻古列女傳』8巻に明の黄道周(こう・どうしゅう)による「新續列女傳」3巻を附した挿図本が刊行され、その後も数度にわたって刷りを重ねています。また、この和刻本の刊行直後の明暦元年(1655)には、北村季吟(きたむら・きぎん)による『假名列女傳(かなれつじょでん)』8巻という翻訳本も出ており、その後も影響を受けた『本朝列女傳』といった伝記集などが数多く生み出されています。

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