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2018年3月30日 アーカイブ

2018年3月30日

朝鮮本ワールド

こんにちは。AS 伊藤です。主に和漢古書を担当しています。

和漢古書の整理ということになると、基本的に日本か中国で出版・書写されたものを扱うことがほとんどですし、内容も漢文で書かれたものか仮名交じりのものしかまず目にしないのですが、時々は日本・中国以外で製作されたものや、日本語・中国語以外の文字が記されているものも出てきたりします。今回はこれらについて見ていきたいと思います。

出版地が日本・中国以外の和漢古書ということで、最も目にすることが多いのは、朝鮮半島で刊行された本(朝鮮本・韓本)です。内容としては、経書を中心とした漢籍であることも多いですが、彼の地の学者による注釈書や詩文集、すなわち韓籍(朝鮮書)もしばしばあります。韓籍の本文の言語は朝鮮語(韓国語)ということになりますから、漢字の書名に対してもハングルのヨミを付与するべきということになります。
朝鮮本は見た目・造りにけっこう特徴があり、基本的にふつうの和本・唐本より大型のものが多く、綴じが四つ目綴じ(四針眼訂装)ではなく五つ目綴じ(五針眼訂装)であるのがスタンダードです。表紙は黄色の無地の厚手の紙を使用していることが多いですが、題簽はあまり用いられず、書名が表紙に墨書されていることがよくあります。また、版式の特徴としては、魚尾が花口魚尾になっていることが多い、という点があげられます。
朝鮮本は、公的機関や学者個人が刊行したものがほとんどで、日本のような商業出版物はほとんど見られません。中央の公的機関が刊行したものは、巻末や封面にしっかりした刊記が具わっていることが多く、字体や刷りも立派で美しいものが多いですが、個人によるものは、紙自体が多少けばだっていることもあり、かなり刷りの粗いものも目立ちます。

出版事項は刊記が無い場合、序文や跋文から推定することになりますが、これがまたけっこう難物です。以前、出版年のところで触れたように、干支や「王之何年」としか書いていないことも多いですし、中国書の場合、刊行事情を書いた文章はわりと事務的であっさりしたわかりやすい漢文であるのに対し、彼の国の人の序跋は、かなりペダンチックで凝った、要はわかりにくい文章であることが多い、というのが実感としてあります。
巻頭に明記されていない場合、序跋中では得てして本名では出てこない著者や編者を認定するのもけっこうたいへんですし、巻次や巻の書名なども、途中で気が変わったのをそのまま反映しているような(よく言えば大らかな)ケースも多く、構成を把握するのにちょっと苦労したりもします。
なお、朝鮮本独特の慣習として、政府刊行のものについて、最初の冊の見返しに「(国王から)この書物をいつ・誰それに下賜する」という文章が墨書されている場合があります。これを内賜記(ないしき)と呼び、実際にそこに記されている年に刷られたと見てよいですので、こうした本(内賜本)については印行年として内賜記の年を記録することができます。

朝鮮半島の書物印刷史上の大きな特徴として、活字印刷が盛んに行われたということがあります。活字印刷自体は宋代の中国が起源ですが、朝鮮半島にも早くに技術が伝わり、高麗時代に金属活字が発明されました。現存する最古の金属活字印本は、高麗末期の1377年刊のもので、これはヨーロッパにおける活版印刷におよそ半世紀先立つものです。朝鮮王朝成立後も、中央政府によって金属製の活字が何度も鋳造され、かなりの数の活字印本が残されています。
ただ、金属の材質についてはいささか不明瞭な点がありますので、鉄活字とか銅活字とかは断定せず、目録記述としては、2.7.4.0(古)のウ)の位置に「朝鮮金属活字印本」と注記しておくのが無難かと思います。もちろん木活字本も多数ありますし、珍しいところでは陶製の活字(陶活字)や、ひょうたん製の瓢活字なるものも使用されました。
また、朝鮮半島でハングル(訓民正音)が発明・制定されたのは西暦1446年のことですが、あくまで補助的な発音表記の記号という位置づけでしたので、正式の文章はすべて純乎たる漢文で書かれました。ということで、朝鮮王朝時代の本でハングル入りのものはそんなには多くはないのですが、時々は目にすることがあり、とくに民衆教化用の儒学書や医書の解説書の類は何種類も刊行されています。ハングルのことを当時一般に諺文(おんもん)と称しましたので、こうしたものは「○○諺解」という書名であることが多いです。
いわゆる秀吉の朝鮮出兵の際に、朝鮮本の活字印刷技術が日本に持ち込まれ、駿河版(するがばん)などの古活字版の盛行を来たし、日本の印刷史にも大きな影響を与えたのはよく知られています。古活字版自体はもとより、活字本を覆刻したその後の整版の本でも、版心をずっと花口魚尾にしているなど、朝鮮本の版式の影響をたどることができます。また諺解本にならい、日本でも「○○諺解」とか「○○国字解」といった注釈書・解説書が多数編まれますし、『剪灯新話(せんとうしんわ)』など、朝鮮本を源流として翻刻され広く流布した漢籍の例も数多くあります。こうした伝播や変容のさまは、客観的に見てなかなか興味深いものがあるように思います。

朝鮮半島以外の外国で刊行された和漢古書としては、ベトナムの「越南刊本」やモンゴルの「蒙古刊本」などがありますが、さすがに手にすることはめったにありません。なお、モンゴル文字や満洲文字は縦書きで左から右に読んでいきますので、袋綴じであっても通常の漢籍とは違って左開きの造本になります。
清朝時代の満文の本や、幕末期の横書きで刊行された外国語の辞書など、左開きのもので、縦書きの漢文の序跋が附されているようなことはよくありますが、時としてその漢文も左から右に書いてあったりするものもあります。何だか読んでいくと乗り物酔いしたような気分になりますが、こうしたものがまじっていると、通常の和漢古書のなかで、かなりに異彩を放っていると言えます。

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